なんでも褒める、つまんない大人になるな
子どもへのほめ方の種類を勝手に分析していました。自分の。
たぶん、だいたい3種類くらいあるっぽくて
淡白にほめる
自然とハイテンションになってほめる
説得するようにほめる
これらを私は、なんとなく使い分けているみたいです。
①は子どもが問題を解いてる時や、こちらが面接のように何かをカウンセリングに受け答えしてもらう際に。わりとテンポ良く、ラリーのようにほめる。「いい感じ!」「その調子!」「バッチリね!」子供の思考をジャマしないように、余計なことは言わない。
②誤解をおそれずいうと、私は子どもの努力や根性などに対する期待値が、相〜当〜低いです。なぜなら、自分自身が努力が大キライ。机に座ることが超しんどかった子どもでした。なので、子どもが勉強したり、何かちょっとした成果を上げると「すげえ」と自然に出てしまいます。
③子どもが自分の魅力や努力量に気付いてない時が、ほんっとーに多いです。そんな時は「今のってすごいことなんだよ?ちょっと、ちゃんと、すごさわかってる?」と説得するように伝えます。そもそも、子どもは自分自身について分析・言語化できる能力も低いです。なので、ときには、子どもを感動で泣かせるくらいの気迫で、彼らの良さを徹底分析して、言語化して伝えるようにしています。
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どちらかというと、テクニック的に意識しているのは①。②や③は多少の演出や誇張こそあれ、わりと自然に言葉が出るままに任せています。
そしてこれらを言う時、しないようにしてることは
ウソをつく
子どもの気を惹こうとする
ほめてる自分に酔う
ということ。
最近「ほめる文化」がもてはやされすぎて、やたらほめたがる大人がたまにいます。が、子どもはそういう打算的で浅はかな大人を、すぐに見破ります。
ほめポイントが見つかんないなら、ほめんな。
即刻、子どもから「ダサい大人」の烙印をおされ、自分の言葉の力が一気になくなってしまう・・・教育にたずさわるものとして、言葉の力を失ってしまうことだけは、絶対に避けなければいけません。
ましてや、私がやってるみたいなオンラインレッスンだと、言葉が届かなかければ、もはやなんの価値も届けられなくなります。
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ただ、向き合わないといけないこと。
「ウソをつかず」彼らの言動や価値を認めるって相当難易度高いです。
最近の教育記事には、ペロッと「子どもの良い所を見つけて、しっかりほめましょうね」なーんて書いてますけど
まずね。そもそも。今の子どもって親世代と環境が全く違います。かつ、そもそも全くの赤の他人です。エイリアン級な相違なんです。
昔と違い、今はネットでも勉強教材が溢れ、割とお安くいろんなことが勉強できたりで教育界に良い流れになったかと思いきや、一方で深刻なネット・SNS依存があったり、教育カリキュラムもめちゃくちゃ変わってて、中学英語は超難易度が上がったり、プログラミングも勉強しないといけないし。(誰が教えられるの??)
とにかく、なんか現代いろいろ変わってます。
さらに、小ちゃい頃から、スマホとかタブレットとお友達。スワイプなんて言葉をしらなくても、誰だってできちゃいます。そしてゲームがカルチャーとして醸成され、市民権をしっかりとってきましたね、フォートナイト?フォークナイト?ん?マインクラフトってまだ流行ってんの??とか、なんのこっちゃですよ・・・
数十年前子どもだった自分(先生)にとって、現代の子どもは、信じられないことに興味をもったり、ともすると、よくわからないことに悩んだり、つまづいたりするのが今の子どもたち、なんです。
なんでやらないの?なんで読まないの?なんでわかんないの?・・・なんですぐわかった気になるの?(!)
そんな子に対して「ウソでもフリでもなく」彼らのすぐれた感性、ささやかな成果を発見し、認め、すごいね、面白いね、って言えるって、子どもの置かれている環境を解像度高めに見ることができて、さらに分析して、その子自身もしっかり観察して、そんでもって、現代に対する知見がある程度ないと、効果ないんですよ
子どもをほめるって、一朝一夕じゃできないんです
・・・
ほめるのが無理なら、いっそのこと、彼ら自身のこと、いろいろ聞いてみよう
「なんでなんで?」「なんでそういう風に感じたの?」「今ってそういうの流行ってんの?」と、開き直って聞る。その方がよっぽど楽しいし、子どもも興味をもってくれると嬉しいし、長期的に信頼関係が築けるのかな〜と思います
ここまで書いていると、子どもの価値に本当に共感したり、すごいねって言えるまでって長い道のりだなって思います
つくづく、ほめるって超難易度高いアクションなんだなあ。
まあ明日からも、ほめますけどね。
みなみ先生
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