神戸ワイン
無料の抗原検査を受ける為に三宮を訪れた。
久しく来ていなかったが地味に店の面構えが変わりつつある。人も街も同じだ。諸行無常、合掌。
検査までの時間で街をぶらついていると、神戸ワインという看板がぶら下がっていた。そう言えば近くに住んでいる割には神戸ワインなる物とお知り合いになったことは無かった。
そもそもそんなオシャレな世界とは縁遠かったと言うのもある。
せっかくなので看板の真下の店を覗いてみる。そこにはワイナリーは無く、ガチャガチャと鞄の店だった。なんじゃそら。
どうやら看板と店は一体ではないようだ。商店街のスポンサー広告のようなものらしい。
だが広告があるということは神戸ワインもどこかにはあるはずだった。
酒は酒屋だろう。
俺はメインの商店街から少し外れた個人経営の酒屋に足を運ぶ。
俺と同じくオシャレな世界とは縁遠そうな老婆がレジで船を漕いでいた。
俺は神戸ワインの在庫を聞く為に老婆を起こした。
「すみません、神戸ワインを探しているのですが」
「神戸ワイン?」
「ここにはありませんか?」
「そりゃあんた、神戸でワイン買えばそれが神戸ワインやで」
そんなトンチがあるものか。飛騨牛を神戸で買ったら神戸牛に変わるわけが無かろうが。
赤福は名古屋名物じゃないし、ひよこは東京土産ではない。明石にもたこ焼きはあるが明石焼きにはならん。面白い恋人なんか訴えられてたじゃねぇか。
「いやでも、確か看板が」
「神戸へようこそ、お客人」
そういったきり、老婆は再び船を漕ぎ始めた。
検査の時間が迫ってきた為、PCRセンターへ向かう。
あのババアが言ったことには一理あるのだろうか。
再び看板の所へやってくる。酒屋がダメならスーパーで探す他あるまい。
俺は検査を受けて家路につく。
その前に神戸市中央区のスーパーに寄って赤玉スイートとウィルキンソンとレモンを買った。
「神戸ワインねぇ」
或いは観光客ならば辿り着いたのかもしれない。
ソファに座って赤玉パンチを作りながら俺は独り言つ。
赤玉パンチは神戸タワーの発色を彩りながらパチパチと炭酸を弾けさせていた。
俺にとってはこいつが初めて飲む神戸ワインだった。