繰り返す日常にある、かけがえのない日常
カーテンの隙間から、定規で引いたような光が差し込んでいた。
そのせいで机に広がる何人かのノートは、まるでそれ自体が発光してるみたいに白く光っている。ああなるともう、ノートをとるたびに目がチカチカしそうだな。そんなことを考えていたら、授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
先生が出ていくと、さっきまでの静けさがウソのように教室は騒がしくなった。放課後ミスド行こう!と話す女子の音。今授業をしていた先生のモノマネをする男子の音。椅子を引きずる音。誰かが歩く音。カーテンを開ける音。
そこには昨日と何ら変わらない日常が、いや、その前からずっと繰り返されてきた1日が、今日も同じように繰り広げられていた。
まるで無限に続く再放送やなと、心でごちる。でも、それは何もこの教室に限ったことじゃないかと、ぼくは机に肘をつき顔を支えた。
朝起きる。歯を磨く。制服に着替えて、台所の弁当をカバンに入れる。自転車にまたがり駅へ向かい、ポケットから定期を取り改札を抜ける。
すでに満員の電車へ体をねじ込む。スマホを取り出し、イヤホンから適当に音楽を流す。一度乗換えて、目的の駅に到着する。
学校につくと、4階にある自分の教室まで階段を上る。自分の机までにすれ違う奴と適当に挨拶して席に座る。一限目は基本的に寝る。体育などの移動教室が一限目のときは、たまにサボる。
朝飯を食わないぼくは二限目と三限目の休憩に早弁する。昼休みは食堂でパンとアイスを買って、友だちと屋上へ行き一服する。
学校が終わるとだいたいはバイト。バイトがない日は友だちの家に行ったり、マクドに行ったり、地元の友だちと飲んで騒いだり、疲れているときは家に帰って寝る。そして、また朝がくる。
同じようなことの繰り返しが、これからもずっと続いていく。そう思うと、何だか無性にやるせない気持ちが胸の中に広がった。
「退屈やなぁ」
「え、何が?」
思わず漏れ出たぼくの声に反応したのは、いつのまにか教室に入ってきた隣のクラスの友だちだった。
「いや別に。聞こえてた?」
「聞こえてた?遠い目をしながら『退屈やなぁ』って、小説みたいにひとり思いふけってたのん?それやったら聞こえたけど」
「やめろ。ハズい」
「で、何が退屈なん?」
彼はそう言って大きなあくびをした。多分、前の授業で寝ていたのだろう。自分は机で寝てましたという跡が、彼のおでこに張り付いていた。
「んー、なんやろ。言ってみれば全部かな。毎日毎日同じようなことの繰り返しやん。全くおなじじゃなくてもさ。それが何か、退屈やなぁって」
「お前、まだ十代やのにもうそんなこと言うてんの。将来が思いやられるな」
眠たそうな目を擦りながら彼は言った。確かに、歳の割には老けた考えなのかもとぼくも思った。
「でもさ、実際そうじゃない?同じことを繰り返すって、めっちゃ退屈じゃない?」
うーんと言いながら彼は黙った。何かを深く考えてるように見える。でも、何にも考えていないようにも見えた。
「まあそうやな。同じことの繰り返しはさすがに退屈やな」
ふと教室の時計を見る。針は、昨日も目にしたであろう時間を指している。その下では、黒板に書かれた数式を日直が消していた。
「でも俺は、日常は同じことの繰り返しではないって、そう思うけどな」
彼は窓の外を眺めながら言った。彼の目線をぼくも追う。空には、寝転がると気持ちよさそうなふかふかの雲が、ゆっくりと流れていた。
「例えばさ、俺は今、お前と話してるやん。まあ昨日も、昨日の昨日もそうやったけど」
そうやなとぼくは笑って返した。でも、ぼくたちの日常はいつもそんなものだ。
「でもさ、これは無限にできることじゃないやろ。今まで何年とこうしてきたけど、いつかは終わりを迎えてしまうことでもあるやろ。だって、俺らもう今年で卒業なんやから」
心臓がとくんと動いた。それは体中に血を流すための機械的な動きではない、辞書に書かれた説明文とは違う鼓動だった。
「お前と話すことは卒業してからもできる。でも、隣のクラスからふらっと来て、こんな風に話したりするのは、もうあと1年もできへんねん」
彼はこういう恥ずかしいことを、なんの恥じらいもなくいつも真顔で言う。彼のそういうところが、ぼくは好きだ。
「他のことでも一緒やと思う。大人になって働く。そうなると今まで以上に変わりばえのない日常が俺らを待ってるかもせん。でもさ、そんな日常にも、そのときの日常でしか味わうことのできない日常が絶対にあると思うねん。仮に自分の子どもが産まれて、それが娘やってみ?一緒に風呂入るやろ?でもそれができる期間なんか、たかがしれてるやろ」
彼の例え話にぼくは思わず声をだして笑った。何で例えのチョイスが娘との風呂やねん。結婚すらまだまだ先のことなのに。というか、ぼくたちがまだ子どもみたいなものなのに。
「同じような日常でも、その中にはかけがえのない日常がある。それが退屈なんて、俺は思わんかなぁ」
ぼくの友だちは、十代で毎日が退屈だと嘆くぼくより、数段老けた感性を持っていた。
でも、ぼくより数段、素敵な感性だと思った。
「お前の言う通りかもせんな」
ぼくは彼に言った。あと、毎日が退屈だと言ったことが、ぼくと彼が共有してきた時間を蔑んだ風に聞こえたなら謝るとも。そんなん気にも止まらんかったわと一蹴されたけど。
教室には相変わらず、白い光が差し込んでいる。色んな音が心地の良い音量で響き合っている。
「なあ、ところで今日ヒマ?」
ぼくは彼に聞いた。
「久しぶりにカラオケでも行くか」
ぼくの質問には答えず、彼はそう言って笑った。
我に缶ビールを。