見出し画像

ぼくは今日、昨日の焼肉とデートしたい。


家を出ると、外は久しぶりの快晴だった。それは今までの長い長い雨を帳消しにしてくれと言わんばかりの天気で、それどころか夏を感じさせるほどの強い暑さも伴っていた。その暑さを助長するように、辺りではセミが大きな声で合唱していた。

昨日の午前9時。

マクドナルドでエッグマックマフィンのセットをドライブスルーしたぼくは、近所の海を目指して車を走らせた。海と言っても、砂浜があるわけではない。むしろ周辺に工場しかないその海は、海水浴なんてとてもじゃないができない海だ。それでも、見渡せばそれなりの癒しをくれる。そんな海へ、ぼくはハンバーガーをむしゃむしゃと食べながら向かった。

海岸で感じる風は、街中で吹く風より少しひんやりとしていた。その柔らかな風に撫でられ、海はゆらゆらと静かに揺れている。上空を見上げると、薄い水色の空に、綿菓子のような、これまた薄い白色の雲がぼんやりと浮かんでいた。

海岸には小さな子ども(多分3〜4歳ぐらい)をつれたお父さんが、仲良く釣りを楽しんでいた。子どもの竿がピクピクと反応した。それを見たお父さんは、慌てて子どもに竿を握らせた。小さな体でゆっくりとリールを巻く姿を、魚を釣り上げる瞬間をなんとか記録に収めようと、お父さんは慣れない手つきでスマホを子どもに向けていた。とても微笑ましい光景に、ぼくは海を見るより癒された。

船をロープで固定する鉄の塊に座ったぼくは、何をすることもなく、少しの間ぼーっとした。

「何もしない日わりと意外に大事、脱力こそ活力になる」と、ケツメイシの歌がふと頭に浮かんだ。本当にそうだよなぁとしみじみ思った。そう思うと、ずっと何もしたくないなぁという自分のダメダメなところが出現しそうになったので、慌てて蓋を閉めた。

車に乗り込んだぼくは、窓を全開にして本を読んだ。今読んでいるのは原田マハさんの著書、風神雷神だ。

物語は長崎の海からローマを目指し、少年たちが旅立つところだった。遠い昔、ぼくが今眺めるこの海と繋がった場所で、少年たちは船に乗り、異国の地へ向かったのだ。そう思うと、少年たちの冒険が自分ごとのように思えて、少し胸が高なった。

太陽の日差しがより一層キツくなってきた頃、ぼくは車のエンジンをつけて海を後にした。昼からは家族と美術館に行く約束をしていた。本当は大阪市内にある美術館に行きたかったのだけど、その日は家族連れということもあり、郊外にある美術館へ行くことにした。

美術館に入ったぼくたちはまず、浮世絵が展示されている本館へ足を進めた。受付ロビーから本館までは、庭園のような場所を通りぬけていく。その石畳の小道を歩くだけでも、来た甲斐があったなというほど綺麗な風景がそこにはあった。

小川のせせらぎ。カエルの鳴声。天を射抜くように高く伸びる竹林。綺麗に整えられた緑の数々。そのどれもが涼を感じさせてくれて、暑いこの日には、そのことがより一層風景を美しく見せた。

本館へ入ったぼくたちは早速展示室へ向かった。薄暗い部屋だった。絵だけに照明が当たるその部屋は、絵だけを見るためにつくられた、そんな部屋だった。

はじめて見た浮世絵は、想像を軽く超えるほどに色鮮やかだった。緑、薄紅、藍、紫、黄など、それはそれは色々な色で画面が彩られていた。また、人や街の輪郭はボールペンで描かれたように細く、とても繊細な線で、こまやかな仕事が実に日本人らしいなと、偉そうにも思ったりした。

なかでも原田マハさん著書、たゆたえども沈まずに登場する歌川広重の「名所江戸百景 大はしあたけの夕立」をこの目で見れたことが凄く嬉しかった。ゴッホやモネなど、印象派と呼ばれる画家たちは浮世絵に強い影響を受けている。そう考えると、何だかとてつもなく凄いものを見ている気がして、不思議な気分になった。

別館に行くと、そこにはルノワールやゴッホの油彩画、ピカソのリトグラフ、ロダンのブロンズ像があった。ゴッホは生前、一枚の絵しか売れなかったほどに人気がなかった。新しすぎて、みんなよく分からなかったそうだ。その気持ちが何となく分かった。それぐらい、ゴッホの絵の凄さはぼくにも分からなかった。

しかし、ルノワールの絵はとても綺麗だった。花飾りを頭にのせた女性が描かれたその絵は、とても明るい印象を放出していた。ほっぺたのぼんやりとした輪郭は、浮世絵とは全然ちがう味わいがあった。違うって面白いなぁと率直に感じた。

子どもが退屈してしまったこともあり、駆け足でまわった昨日の美術館体験はそんな感じだった。次はゆっくり一人でこよう。そう思いながら、ぼくたちは美術館を後にした。

今日の夜は焼肉を食べにいこう。話し合いの結果そうなったぼくたちは(ほぼぼくのゴリ押しだけど)、ある店に予約の電話をした。

前々から一度家族を連れて行きたいと思っていた焼肉屋さんだ(ぼくも一度しか行ったことがないんだけど)。生憎、今は満席とのことだった。でも、今いるお客さんが出れば次に入れますよと言われたので、それでお願いしますと電話を切った。

そこからが驚愕だった。

なんと、2時間以上待たされたのだ。店に電話しても訳の分からない回答ばかりで、店に顔を出してもそっけないコトバをなげかけられて。ぼくたちを追い越し、次々と店に入っていく人たちは何なの?と聞くと、あれは前々から時間指定で予約されたお客さんだと悪びれもせず言われて。

挙げ句の果てにはあんたたち以外にまだ待ってる人が3組いると、「わがままを言ってるのはお前らの方やで」と言う、うんざり極まりない態度で言われ、さすがにカチンときたぼくはもう、本日の焼肉を諦めた。

他の店に行けば良いと思うかもしれない。でもね、休日の夜8時前後に予約なしでスッと入れる焼肉屋さんなんて少ないの。ほんともう、ムカついた。その一言だった。

いい感じで過ごしていたはずのこの日、最終的には最悪の結末をたどった。ぼくが電話でちゃんと確認しておけば良かったんだけど、とりあえず今は全力で人のせいにしたい。

旅先で高熱が出てしまったような、努力して勉強したところが実はテスト範囲外だったような、とにかくやるせない気持ちの今ぐらい、そうさせて欲しい。

アートは面白い、そして、あの焼肉屋には二度と行かねえ!!というのが昨日の学び。

だからぼくは今日、昨日のリベンジを果たすべく焼肉を食べたい。昨日の焼肉と、今日こそはデートしたい。

くそっ…焼肉食いてえなぁ。だれか嫁にお願いしてくれぇ!!っていう話でした。

ヤ・キ・二・ク・タ・ベ・タ・イ!!


我に缶ビールを。