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第17回 記憶の消し方 斎藤美奈子

 足尾鉱毒事件の舞台になった栃木県の旧谷中村は現在、渡良瀬遊水池という巨大な湿地帯の一部になっている。足尾銅山から放出された鉱毒水や鉱毒ガスが周辺の山や川を汚染。農作物にも深刻な被害が及んで、下流の村々は廃村。鉱山の操業停止を求めて田中正造とともに最後まで闘った谷中村も、1906年に強制廃村となった。
 今この地に立つと「国破れて山河あり」「つわものどもが夢の跡」みたいな気分に襲われる。わずかに残った墓以外に谷中村の痕跡はなく、「ハートランド」という愛称の公園が広がるだけ。
 はじめて水俣を訪れた時にも、同じような気持ちになった。チッソから排出された水銀が堆積した水俣湾のエリアは、現在は埋め立てられ、エコパーク水俣という名の広大な緑地に生まれ変わっている。すぐ近くには「水俣市立水俣病資料館」があって水俣病の歴史や現状を学べるようにはなっているものの、市のHPは水俣病などなかったような涼しい顔で、公園のPRにいそしんでいる。
 そして福島だ。昨年、所用で福島県を訪れた際、福島第一原発が立地する双葉町に足を伸ばした。「東日本大震災・原子力災害伝承館」という2020年にオープンした施設を見るのが目的だった。東北の被災地では今日、震災伝承施設が続々と整備されている。双葉町の伝承館は中でも最大規模の施設で、行ってみるとそれは無駄に瀟洒しょうしゃな(?)白亜の殿堂であった。ここの展示にも多々疑問はあるのだが、それ以上に衝撃だったのが周辺の光景だ。廃炉作業中の原発から約5キロ、特定復興再生拠点区域に指定されたこのあたりはすっかり更地となり、住居も田畑もない草地と化している。
 渡良瀬も水俣も福島も、行政から見れば「負の歴史」である。早く忘れたいと思うのかもしれない。実際、湿地や緑地や草地から記憶を呼び起こすのは難しい。まさかそれが目的?じゃないですよね。

(さいとう・みなこ 文芸評論家)

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