ビヨンセ カントリーへ 「Texas Hold’Em」と「16 Carriages」対訳&解説
ハウス・ミュージックのつぎはカントリー。
※この記事は無料です。
ビヨンセの三部作『ルネッサンス』の第2幕は自らの故郷とアメリカ全土のルーツ・ミュージックでもあるカントリーに立ち戻ります。2024年2月のビッグニュースだった、先行の2曲「Texas Hold’Em」と「16 Carriages」というタイトルからして、サウスというか開拓時代の雰囲気をまとっています。
『ルネッサンス アクトⅠ』のツアーでは、並んでお揃いの振りで踊るラインダンスを取り入れた「エレクトリック・ブギー」(オリジナルはレゲエの女王、マーシャ様です)を取り入れ、グラミー賞ではカウボーイ・ハットとウエスタン・ブーツで現れ。
2月11日、アメリカで最高視聴率を記録するNFLの決勝戦、スーパーボウルに合わせて新曲をドロップしました。ビヨンセ、用意周到。カントリー専門局をめぐるトラブルはあったものの、無事にテイラー・スウィフトに続き、女性のソロ・アーティストとしてカントリーの曲でビルボード・シングル・チャート初登場1位、カントリー・チャートでも首位デビューを果たした初の黒人女性になりました。
ビヨンセ、つぇえええええ。
アメリカのポピュラー音楽といえば、ロックやヒップホップ、R&B、そしてそれらの要素を入れながらキャッチーさを追求した総称「ポップ」が主流だと思われがち。でも、日本で演歌に根強い人気があるように、カントリー・ミュージックも絶対に廃れないジャンルです。カントリーを出発点にポップに振って頂点に立ったのが、テイラー・スウィフト。
2010年代以降、アメリカ南部で主に肉体労働に従事する保守的な人たちに人気の、白人による白人のための音楽というカントリーのイメージが少しずつ変わってきました。たとえば、黒人のカントリー・シンガーが増えているんですね。2022年のスーバーボウルで国歌を歌ったミッキー・ゲイトンやブリトニー・スペンサー、ケイン・ブラウン、ジミー・アレンなどが活躍中。
オクラホマ州のカントリー・ミュージックのラジオ局が「Texas Hold’Em」のリクエストを受け付けなかったため、炎上してニュースになりました。SNSでは
「人種差別だ!」と大騒ぎ。でも、争点はこの2曲が純粋にカントリーなのか、ほかの音楽の要素が多いのでは? でした。現に、前述の黒人のカントリー・シンガーたちの曲は流れているわけで。「差別」という強い言葉を投げるのは、ちょっと乱暴。リル・ナズXの「Old Town Road」はトラップを掛け合わせてはいたものの、よりカントリーらしい曲でした。
ラジオ局が敬遠しかけたのは、ビヨンセが民主党支持者ではっきりと反トランプを唱えていることは少し関係あるかな、とは思います。カントリー・ラジオのリスナーに多い保守層は、彼女の影響力を警戒しているはず。ただ、これもパキッとは線引きはできないでしょう。社会的なコメントはあまり賛成できないけど、音楽は別ものとして聴く人たちいるわけで(むしろ、そういう人が多いかも)。私の場合はカニエとか、Yeとか、Yeezyとか。ファンからの抗議が実り、ビヨンセの『アクトⅡ』からの先行シングル2曲は最初に拒絶反応を示したラジオ局でもかかっています。
さらに深読みをすれば、だからこそ、ビヨンセがカントリーに挑戦している可能性もあります。「ルネッサンス」は文芸復興運動でもあり、アメリカの古き良き音楽ジャンルをビヨンセ流に再解釈しつつ、改めてスポットライトを当てるプロジェクトとも取れる。意見がちがう人たちといがみ合うより、落としどころを見つけるのに役立つのがポップ・カルチャーのいいところですから。
どんな曲か、対訳をしつつ解説してみますね。
Texas Hold’Em 対訳
Texas Hold’Em 解説
『アクトⅠ』で多かった快楽主義を追求した歌詞ですね。ただし、今回の舞台はカントリーが流れる、木製のバーカウンターがあるような酒場。ディズニーランドのウエスタンランドの世界観。私、昔から「カントリー・ベア・ジャンボリー」が好きなんですよね。あの熊たちが演奏しているのはもっと古いフォークやブルーグラスかな。ビヨンセは日本の山崎を愛飲していることで有名ですが、ここでは「Whiskey」と綴っているのでバーボンを飲んでいそう。竜巻や熱波の自然現象もさりげなく織り込まれる。アメリカの大きい竜巻は逃げようがないので、ニュースで見るたびに怖かったです。
ビヨンセがカントリーに挑戦したのは、今回が初めてではありません。6作目『レモネード』(2016)の「Daddy Lessons」が初めてのストレートなカントリー。同年のCMA(カントリー・ミュージック・アワード)では、ザ・チックス(元ディクシー・チックス)と登場して沸かせました。このパフォーマンスも、賛否両論でしたが。映像を観ると単純にビヨンセを目の前にして喜んでいる出席者と、若干、引き気味な出席者の両方がいます。ザ・チックスも反ブッシュを宣言して物議をかもしたアーティストなので「テキサス州出身同士」の共演より、社会的なメッセージを感じた人もいたわけです。CMAは地上波でゴールデン・タイムに放映されるので、主催者側は視聴率も気にしたのだとは思います。それぞれの思惑はともかく、このパフォーマンスが圧巻であるのはまちがいない。
それから8年。満を持してのカントリー・アルバム、ということでしょうか。それでは、2曲目に行きましょう。カントリー・バラッドでビヨンセらしくズシっと重さがある今日です。その重さがファンに堪らなく、ライトな音楽ファンには「Texas Hold’Em」のほうが聴きやすい理由かも。
まず、対訳をしてみましょう。
「16 Carriages」対訳
「16 Carriages」解説
デスティニーズ・チャイルドでのデビューよりずっと以前、子どもの頃から徹底して歌とダンスのレッスンを続けてきたビヨンセ。働き詰めだった半生を振り返って切ないです。「みんなも辛いよね、私も働いているよ」は、カントリーのみならずゴスペルやフォークなど、アメリカのルーツ・ミュージックに共通するテーマ。つまり、労働歌。R&Bの根っこにも、奴隷制から生まれた黒人霊歌があります。
ビヨンセとジェイ・Zは大富豪だから響かない、という人もいるかもしれません。感じ方は人それぞれですが、大事なのはスーパー・ディーヴァになったビヨンセは、労働者の苦労を忘れていない点なのでは。ツアーバスが連なる様子を示す、馬車がなぜ16台なのか、という考察はアメリカでもよくされています。彼女がデスチャとしてデビューしたのが16歳だから、というのを見かけましたが、本人が曲のなかで「15歳で無垢な自分を失った=15歳から本格的に仕事をしている」と歌っているのでピンと来ません。
デスチャが4人だったから倍数、という考え方もありますが、それより注目すべきは
Sixteen dollars, workin' all day
16ドルのために 一日中働いている
かと。私は、この16ドルはアメリカの最低賃金の平均値を指していると思います。英語でそれを指摘した文章は目にしていませんが、州によって異なって11〜19ドルと幅があるため、意外とアメリカ人のほうが気がつかないのかも。円換算をすると時給2400円。多額に感じても、それ以上にインフレがひどいからみんな大変です。2019年に遊びに行ったときでさえ、サンドイッチとコーヒーのランチでも、チップを払うと20ドルをあっさり超えていたので、いまはもっと高いはず。
ほかに「おお」となったライン。
I might cook, clean, but still won't fold
料理や掃除もするけれど 決して畳まれない
家事の話に振って、最後の「fold」に洗濯物を畳む意味と、屈するという意味の両方を掛けているのはさすが。ここは仕事と家事を両立している女性への連帯を促す箇所ですね。
制作陣について。ビヨンセはすべての曲に関わるソングライター、プロデューサーでありつつ、きちんと売れっ子を揃えます。「Texas Hold’Em」はカナダのローウェルやビューロ、ネイサン・フェラーロのほか、ドラムとベースをラフェル・サディークが担当。バンジョーとヴィオラはカントリー畑のリアンノン・ゲベンス、(読み方、合ってるかな)。
「16 Carriages」のソングライターは、よくビヨンセと組んでいるアニタ・ブーグ(INK)、インディー・バンド、ザ・スティルズ出身のデイヴ・ハミルトン、そして再びラファエル・サディーク。プロデュースはラファエル以外。後半はほぼバラッドになるので、ほとんどのカントリー系ラジオ局が最初のうちはかけない方針だったんですよね。カントリーもサブジャンルに枝分かれして進化しているので、私もあれこれ聴いてみようと思います(モーガン・ウォーレンもふつうに好きです)。
トニ・トニ・トニ時代からラファエル・サディークを信奉している私としては次作に彼ががっつり関わっていそうなのは、朗報です。ちなみに、デスチャを最初にコロンビアにつなげたのは、ラファエルの実兄、ドゥウェイン・ウィギンズだったりもします(あまり兄弟仲は良くなさそうですが)。
3月29日リリースの『ルネッサンス アクトⅡ』、楽しみ過ぎます。来月はアリアナ・グランデの『エターナル・サンシャイン』(池城レコ社立て篭もり対訳案件)、デュア・リパの新作も控えているので、今年は華やかですね。ビヨンセのこれを書いたら、もうひとつの重要作、¥$『Vultures 1』の全曲解説の有料版を書こうかな、と先週末の連休中にぼんやり考えていたんですよね。ところが、週が明けたら仕事がドァっと入ってしまったので、たぶんムリです。解説しがいがあって、楽しそうなんですけど。向こう2週間は体調万全、精神穏やか、寝起きから粛々と机に向かってやっと乗り切れそうなスケジュール。ごめんよ、タイ・ダラー・サイン(本人も絶対に謝らないカニエには、なんとなく謝りたくない)。うん、私の人生も働き詰め。「16 Carriages」を聴きながらがんばります。
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