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木更津で「推し農園」が来ると確信した話。

先日あるイベントで「お米農家さんの時給っていくらだと思います?」というクイズが出された。
答えは「10円」だった。
会場の参加者からエーッ!と驚きの声があがる。
どのような算出方法かは語られなかったが、野菜農家でも300円程度だという。

おかしい。
農業の重要性と存続の危機感が叫ばれるようになって久しいし、若い人たちには「農業かっこいい」という価値観が生まれてきてるし、子育て世代などは特に食と農に関心の高い人が増えている。
20年後には気候変動の深刻化とともに第一次産業と第三次産業の賃金なんてひっくり返って農家最強!な世の中になると勝手に予想してるんですが…。
現在地点は「10円」である。
なかなか世の中変わらないものだなと心がチクチクした。

なんて、まるで自分の意識が高いかのような書き出しをしてしまったが、
そんなことはまったくない。私は
・貸し農園で野菜を自給するのに憧れつつ、申し込んだことすらない
・コンポスト頑張ったけど全然堆肥使わないわってなって挫折
・タイパコスパに追われて産地・包装無視のごめんね消費も全然する
・生ごみとプラごみの多さに毎週ため息が出る
という感じです。
農に近づきたいけどまだまだ遠い、ごく一般的な“現在地点”にいる。
なんなら時給10円の遠因を自分もつくっているじゃないかという気すらしている(しょぼん)。

循環をテーマにしたコンピレーションアルバム

さて、そんな農との距離感にモヤモヤしていた私ですが、
この12月に、ずっと行ってみたかった千葉・木更津の「KURKKU FIELDS」を「知財図鑑」としてメディアツアーをしていただく機会に恵まれた。

KURKKU FIELDSとは、約9万坪の広大な敷地で「農」「食」そして「自然」の循環を体験してもらえるサステナブルファーム&パークです。おいしく安全な「食」の提供はもちろんのこと、食と農業の循環、人の手が加わることで多様な生き物の住処となりビオトープなど、さまざまな循環を感じていただける施設です。

KURKKU FIELDS タブロイドより

ここには畑はもちろん、宿泊施設・レストラン・牛舎・図書館・ショップ・アート作品が点在し、さまざまな楽しみ方ができる。総合プロデューサーである小林武史氏がリードし、多くのファーマー、クリエイター、アーティスト、シェフたちが表現する食や農の魅力がたくさん詰まった、素晴らしい場所だった。

そしてこのプロジェクトの構想と一部施設の設計を手がけた「フジワラボ」の藤原徹平さんの案内で、施設を巡りながらたっぷり解説いただいた。

公式サイトより
気持ちの良い冬晴れの日

KURKKU FIELDSのプロジェクトをサポートする主なメンバーは以下。小林氏が「コンピレーションアルバムのような場所にしたかった」と言うとおり、建築デザインひとつ取ってもその方向性はさまざまなのだが、“循環”というテーマのもと、不思議な統一感やストーリーが感じられる場所になっていた。これが本当にアルバムなら、タワレコで『超豪華コンピ!歴史に残る令和の名盤』などというPOPが貼られるに違いない。

ウェブサイトより。このほかにも「地中図書館」を手掛けた中村拓志氏や
一流のシェフたちなど、多くのメンバーが携わる

余談だが、何を隠そう私はMr.Children・チルドレンで(ややこしい)、多感な時期にミスチルの曲に何度泣き、何度勇気づけられてきたかわからない。
そのプロデューサーである小林氏の現在の活動へのリスペクトとシンパシーも大いにある。藤原さんのお話から小林氏がいかに本気でこのプロジェクトに取り組んでいるかも伝わってきて、プロデュースとはここまでやることだ、というものを見せていただいた。深い学びに感謝したい。
(ちなみにMY LITTLE LOVERもよく聴いてました。)

KURKKU FIELDSのなにがすごいのか?

さて、KURKKU FIELDSの取り組みの数々はとても書ききれないため、ぜひ公式のストーリーを参照していただきたい。ここでは私が藤原さんから聞いたお話の中で特に印象に残った3点を紹介したい。

▶︎農業法人であること

KURKKU FIELDSは「株式会社耕す」が運営している。ディベロッパーやレジャー系の会社ではない、農業法人(正確には農地所有適格法人というらしい)である。
耕すの設立は2010年なので、KURKKU FIELDSがオープンするかなり前から法人化されている。今この施設がある場所はあくまで“農地”であり、作物の生産拠点として、荒地を開墾するところから彼らの活動はスタートした。農業振興地域であるKURKKU FIELDSでは、“農業体験のための活動”ということでホテル運営や音楽イベントが可能になっているそうだ。

そして、株式会社だということは、利益を追求するために営業活動をするということ。当たり前のことだが、そこに個人的にはすごく希望を感じたのだ。
昔から3K(キツい・汚い・危険)の仕事とされる農業において、稼げてカッコいいという新たな側面をつくることは、農業の未来にきっと重要なこと。もちろんブランド野菜等で大きな利益をあげる農家もたくさんいるだろうが、彼らの多くは個人事業主。農業を多角的に捉え、社会に対して影響力をもつような活動をするのはなかなか難しいはずだ。その意味で、稼げる組織体としての農業法人、なおかつそこにクリエイティブやデザイン・アートの要素が入ってくる農業法人なんてカッコ良すぎるじゃないか。

藤原さんから聞いたお話にも経営面の話題が多く、優秀なメンバーたちの工夫と努力で経営の黒字化をもたらしている事実は、農業界のみならず他業界にも勇気を与えるに違いない。実際、彼らの活動から学ぼうとする企業や団体は多く、年間6000人もの企業研修を受け入れているとのこと。またKURKKU FIELDSの参入で地域全体の農作物の価格も上がったそうだ。法人として活動することによる社会や地域経済への好影響は今後もたくさん出てくるだろう。

▶︎「かじりたい人」に優しいこと

なんとなく農と食の未来に危機感をもっているものの、具体的に何か目に見えた行動を起こせてはいない人はたくさんいるだろうなと思う。私もその一人だし。
・スーパーで買った豆苗をもう一度育ててみたり
・地元産と遠い地域の野菜が並んでいたらなるべく前者を選んだり
・子供にはなるべく土に触る機会を作ろうとしてみたり
そういう小さなことしかできていないけど、でもチャンスがあればオーガニックやサステナブルな環境もちょっと“かじって”みたい。
そういうニーズは少なからずあるはず。

KURKKU FIELDSは、そんな人たちにも優しい場所だなと感じた。
すでに意識の高いオーガニック志向の人や、パーマカルチャーを学びたい人ももちろん楽しめるけれど、シフォンケーキが買いたくて来る人も、アート好きで草間彌生の作品が見たくて訪れる人も、レストランにディナーで来る人も、皆川明さんの部屋に泊まりたいミナペルホネンのファンも(そこまで詳しくない私でもテンション上がるくらいの素敵すぎる客室でした)、みんなウェルカム。

散歩してると現れる草間彌生やオラファー・エリアソンの作品たち
皆川明さんがディレクターをつとめた客室「cocoon」
サウナもおしゃれ

入り口が何であれ、ここに来ることで何らかの循環を体験し、農と食の未来に少しでも思いを馳せる時間をもたらすよう設計されているのだ。
藤原さんいわく「開業から5年たち、今は“アルバムに深みをつくる”ような時期。横軸縦軸を大切に活動の内容を考えている。いろいろなレイヤーにアクセスしてようやく届けたいことを届けられるから。」とのこと。

たくさんの入り口と楽しみ方があるぶん、何度も足を運びたいと思わされる。そのうちに“かじる”レベルだった人たちが少しずつ知識を得たりアクションを起こしたりしていくー。まるでアルバムを何度も聴くうちに新たな魅力や隠されたメッセージに気付くみたいに。
声高にあるべき論を唱えるより、こっちの方がずっと楽しそうなことは言うまでもない。

「地中図書館」も、晴耕雨読の体験を提供する“入り口”のひとつ

▶︎実験の場であること

訪れる人たちを楽しませる表の顔をもちながら、KURKKU FIELDSは壮大な実験場でもある。パーマカルチャーの実現を目指し、見えないところも含めてさまざまなことに挑戦している。

KURKKU FIELDSの循環の仕組みはこんな感じ

中でも驚いたのが「バイオジオフィルター」という仕組み。
自然の力を使った水質浄化システムで以下のようなもの。詳細はこちらの記事に詳しいのでぜひご覧いただきたい。

バイオジオフィルターとは、都市の浄水場などが行う化学的プロセスではなく、微生物や植物など自然の力を使った水質浄化システム。植物の根に生息する微生物が汚水の有機物を分解し、そこで分解されたものを植物が栄養として根から吸収することで水が濾過されていくというナチュラルな仕組み。吸水力の高いヤナギをはじめ、クレソンや空芯菜などがその濾過プロセスの担い手として活躍します。

見た目は地味だが、この側溝のような場所にすごいパワーが秘められている

人間が手を入れるほど自然が再生する、リジェネラティブな志向で作られていることに未来を感じるし、このバイオジオフィルターを敷地内のどの場所に作るかは、この土地の水や風の流れなどを緻密に読んで設計されている。あくまで自然の側に合わせる形でシステムを入れていくことに、人間の開発行為への示唆も感じた。
今や都市部でも徐々にコンポストが広がってきたように、ここでの実験がやがて施設外にも輸出されて広がりを見せる時が来るかもしれないなと思った。

実験してるぞ!感が倉庫からも滲み出る

「推し農園」をつくろう

今回のツアーが終わる頃にはすっかりKURKKU FIELDSのファンになってしまったわけが、同時に彼らの挑戦を何らかの形で応援したいとも思うようになった。

また、冒頭の“時給10円ショック”の話を聞いたのは横須賀の「SHO FARM」という農園だったのだが、今こちらの農園にも私は魅せられつつある。
SHO FARMは“千年続く農業”をテーマに無農薬野菜をつくる農園で、近くに住む私にも身近なところで彼らの野菜は手に入ったりレストランで食したりできる(ちなみにとても美味しい)。
数年前に田んぼも始めたらしいが、ここを「みんなの田んぼ」と名づけ、多くの人たちと収穫までのプロセスをわかちあい、農に触れる機会と本来あるべき社会のかたちを考える場をつくっている。
春の田植えには必ず参加したい。

そしてもう一つ。商品開発で協力いただいたことをきっかけにお米を取り寄せている、「稲ほ舎」というお米農家さんが石川県白山市にある。ここの取り組みも素晴らしく、特に子供たちに向けた農体験の場づくりは感心するばかり。彼らの活動をささやかに支えるべく、たぶんずっとお米を買い続けると思う(何より美味しいからね)。


と、ここで気付く。
私はこの3つの農園を「推して」るんだなと。
規模や手法は違えど、彼らのことを信じているし応援したい。

そしてこのことは実はすごく大事なことなんじゃないかと思い至った。
私自身は農に対しても食に対してもほぼ無力だ。
でも信じた人たちが作ったものを食べたり、広めたり、活動を応援することはできる。
そんなふうに“推し農園”を皆が持つことができたら…
意外となかなか大きな力になるんじゃないか?

昨年2回観たドキュメンタリー映画「食べることは生きること」で2回とも涙してしまったのが、孤独に闘う生産者がオーガニックの母であるアリス・ウォータースに「大丈夫!」と肩を抱かれ男泣きするシーン。
生産者こそ支えていかなければならない存在だと改めて思わされる一幕だったが、信じられる生産者=農園を推すことで、私ももしかしたらアリスの1/1000くらいの力になれるかもしれない。ということは、同じような人が1000人いたらアリスになれるのだ(言い過ぎ?笑)。

KURKKU FIELDSの小林氏は、「カジュアルな農業」を広げていきたいと言う。土に触って小さく農業に関わるというカジュアルさはもちろん、土に触らずとも“推す”ということでカジュアルに農業に関わる方法もあるのだと思う。
農園が投げかけるさまざまな形の「未来への問い」に対し、何らかの形でリアクションし、カジュアルに関わりたいものだ。

そもそも、
「私いつもこの農園の野菜買ってるんだよね。美味しいからちょっと食べてみて!」
とか言っちゃうの、ちょっとカッコよくないですか?
行きつけのバーがある人みたいな大人の豊かさをまとえる感じ。

きっと、そのくらいのカジュアルさで良いはず。
木更津で、農との関わり方のヒントを得られた、実り多き1日でした。

また会いにいくね

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