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(詩)帰国

帰国 

いつもと同じ
八月のうだるような熱帯夜
東京湾からほど近い路上を
無言で歩いていく
一群の男たちがいた

彼らは海の方からやって来た
整然と隊列を組んで
ゆっくりと 
だが一糸乱れぬ歩調で進んでいく

その姿は影のようにおぼろで
都会のビル群が透けて見えるが
古びた軍服からは水が滴り
海藻の絡まった軍靴は
濡れた足音を立てて
歩道の上に黒光りする跡を残す

彼らは一様に痩せて頰がこけ
目はガラス玉のように鈍く光る
その姿は二十歳そこそこの若者にも
はたまた百歳の老人にも見える

南の島から歩いて来たのか
太平洋を横断し
マリアナ海溝の底まで降りて
這い上がって来たのか
昭和から平成を経て令和に至り
八十年かけて帰って来た
皇軍兵士たち
日の丸は古い血糊のように黒ずんでいる

彼らが出征してから
この国にはいろいろなことがあった
だが巡り巡って
当時とあまり変わらない国に
なってきたのかもしれない
それを知っていたかのように
帰国してきた彼ら

だが不思議なことに
帰ってきた者たちはみな
互いに瓜二つの顔になっている
どこかで見た気がするが
どこにも存在しない一族の顔に

これは本当に
かつて戦いに出ていった
あの若者たちなのか
彼らを変えてしまったのは
歳月か戦争か それとも国家か
八十年を経て「帰国」したのは
いったい何なのか

亡者の隊列はどこまでも伸び
隅田川の河口付近から上陸し
築地から銀座を抜け
日比谷公園の横を行進していく

東の空が白みはじめる頃
幾万の死者たちは
帝都の中心を埋め尽くし
無言のまま 直立不動で
新たな命令を待っている

その間にも
さらに多くの兵士たちが
日本中の海岸から上陸しつつある

われわれが彼らを呼び寄せたのか
それとも
彼らがわれわれを召集しているのか

死んでいるのはどっち
死にに行くのはどっちだ

(MY DEAR 340号投稿作)

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