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(詩)蝉

蝉 

夏の終わりの昼下がり
森の小道を歩いていると
そこら中で蝉が鳴いている
その鳴き声が大気をふるわせ
耳から侵入して
脳にしみわたる

道端のベンチに寝そべり
目を閉じて
頭蓋に満ちる蝉時雨に身を任せていると
自分という存在が
音のシャワーに洗い流され
大地にしみ込んで
なくなっていく感覚に捉われる

突然
一匹の蝉が首にとまった
やわらかい皮膚に爪を立てて
しっかりとしがみつき
細くとがった口吻を
静脈にぷすりと突き立て
血を吸いながら鳴き始めた

振り払おうとしたが
からだが木になったように
動くことができない
そのうち
もう一匹の蝉が
鎖骨のあたりにとまる
さらにもう一匹 もう一匹……

ほどなく無数の蝉が全身にとまり
服の上から爪を立て 血を吸い 鳴いた
その振動に全身がふるえた

暗い土の中で何年も過ごした後
地上に出て来た蝉たちは
残されたわずかないのちを
燃やし尽くすかのように鳴く

彼らはこうやって
大地のエネルギーを歌に変えているのか

恐怖に薄れゆく意識の中で
ぼくは木になり蝉になり森になり
世界をふるわせて歌う晩夏になった

目を開けると
ぼくは森のベンチに
元のように横たわっていた
全身を覆っていた蝉たちはいなくなっていたが
その鳴き声は相変わらず
森中に響き渡っている
白昼夢から覚めたぼくは
ほっとして歩きだした

近くの木の幹に一匹の蝉がとまって鳴いていた
近づくとぼくの顔に体液をひっかけて飛び去った
手のひらで顔を拭うと
それは真っ赤な鮮血だった

(MY DEAR 344号投稿作)

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