(詩)(ほとんど)透明人間
(ほとんど)透明人間
無慈悲なアラーム音によって
至福の夢の雲から引きずり下ろされ
孤独なベッドにどさりと落ちる
重たい身体で床から這い出し
カーテンを開けると朝日が眩しい
洗面所の鏡の前に立つと
寝起きの不機嫌な顔が透けて
後ろの壁が見えている
週末はもう少し人間らしかったのに
今はこんなに希薄になった顔と身体
憂鬱な月曜日の朝
ぼくは透明人間
アパートを出て駅に向かう
周囲の勤め人たちはだれ一人
ぼくに気付かない
今日はいい天気だが
ぼくの足元には影がない
職場でもぼくは見えない存在
片隅のデスクでパソコンに向かい
透明な指でキーボードを叩く
画面を行き交う無機質なデータ
そこから放たれる青白い光が
眼から脳髄を通り 後ろへ抜けていく
昼休みには弁当を広げ
ひとりデスクで食べる
味のない食物が
透明な胃袋に落ちていく
時計が定時を指すと
空気のように職場を出る
帰り道にあるコンビニに入ると
目に見えない手がドアを開けてくれる
弁当コーナーの前に立つ
昼も弁当だった
自炊できないわけではないが
あえて買うには理由がある
レジで店員に弁当を差し出す
彼女の顔を通して
背後の煙草の棚が透けて見える
「お弁当は温めますか?」
「お願いします」
そのやり取りの間だけ
ぼくたちはほんの少し
人のかたちを取る
レジを隔てて向かい合う
ほとんど透明なふたり
束の間生まれた儚い絆は
電子レンジの加熱終了音とともに消えた
けれどもたしかにその刹那
ぼくたちは哀しい連帯感を味わったのだ
弁当を受け取ると
透明に戻ったぼくは店を出る
西の空はいちめんの茜色
明日もいい天気だろう
夕暮れ時の雑踏の中
温かい弁当を抱えたぼくの手だけが
入日を浴びて
ほんのり赤く浮かび上がっていた
(MY DEAR 321号投稿作・改訂済)
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