(詩)夏の終わりに
夏の終わりに
夏の終わりの午後おそく
うだるような熱気の中
街を歩いていると
「あの時」が訪れた
ほんの少しだけ
空の青が薄くなって
ほんの少しだけ
ビルの谷間をわたる風が涼やかになり
ほんの少しだけ
灼熱の太陽が表情をゆるめる
あの無限小の変化の時
昨日と同じ暑気の中に
ふと紛れ込んだ
秋の気配
それは密かに だが確実に
季節の移り変わりを告げていた
一年の中で
いちばん哀しい季節は
秋でも冬でもない
それは晩夏だ
厳しい若さに溢れた夏の緊張が
ふとゆるむ刹那
それが合図なのだ
その一瞬の中に
すべてが映し出される
あれほど騒がしかった蝉たちが
その骸をアスファルトに晒し
並木道が落ち葉で覆われ
木枯らしが吹き過ぎるその様子が
世界がその歩みの峠を越え
円熟から老いへ
そして死へと向かう
その道程のすべてが
いちばんの悲劇は
これらすべての苦い現実が
それが実現するはるか前に
いのちの充溢のただ中で暴露されることだ
甘美な語らいのさなかに
大切な人がふと目を伏せ
二人の間にほんの一瞬
気まずい沈黙が訪れる
あの時のように
あるいは
朝起きて鏡を見ると
昨日まで気づかなかった白髪が
黒髪に数本混じっているのを見つける
あの時のように
喪失の予感と諦念
過去と現在への愛惜
不可能な未来への切望
それらが交錯し
胸を締めつける
街を抜けて河原へ出ると
疲れた太陽が西に傾き
空と川面を茜に染め始めていた
土手に座って見上げる空は
刻一刻とその表情を変えていく
滅びゆくものだけが持つ
美しさもある
死すべき定めにあるからこそ
指の間からこぼれる砂のように
過ぎゆく一瞬一瞬が
限りなく貴い
一年でいちばん哀しい季節
それはなぜだか
いちばん美しい季節でもある
(MY DEAR 316号投稿作・改訂済)