(詩)狂ったボレロ
狂ったボレロ
ある地方小都市の演奏会。今日の演目はラ
ヴエルのボレロ。最初はようやく聞こえるほ
どの小さな小太鼓のリズムに乗って、フルー
トがゆったりとした舞曲風の旋律を歌い始め
る。楽器が次第に増え、音量も増していくが、
リズムと旋律は同じまま繰り返されていく。
その繰り返しが独特の高揚感と陶酔をもたら
す名曲である。
聴衆が異変に気づいたのは、演奏開始から
一五分ほど過ぎてからだった。この曲は通常
これくらいの時間でフィナーレに入るが、こ
の日のオーケストラは一向にそんな気配を見
せず、さらに音量を上げながら演奏を続けて
いく。客席はざわめき、中には顔をしかめて
耳を押さえる者も出始めた。しかしだれもそ
の場を立つこともできず、椅子に縛り付けら
れたように動くこともできない。
舞台上では、オーケストラの団員も指揮者
も、困惑を通り越して恐怖の表情を浮かべな
がら、目に見えない何かに突き動かされるよ
うにして演奏を続けていた。彼らにも止めら
れないのだ。音量はますます大きくなり、通
常のオーケストラでは不可能なレベルに達し
た。それでもなお、偏執狂的なリズムに乗っ
て、優美な旋律は繰り返される。どこまでも
どこまでもクレシェンドしながら。
ついにホールの壁に亀裂が入り、窓ガラス
が粉々に砕けた。そして天井が音を立てて、
聴衆とオーケストラの上に崩れ落ちた。(も
っともこの時までに、彼らはみな鼓膜を破ら
れ息絶えていたのだが。)かくして演奏会は
終了した。
上空を戦闘機の群れが、いくつもの編隊を
組んで飛び去っていく。そのエンジン音が、
廃墟となったコンサートホールの上に、いつ
までもこだましていた。
(MY DEAR 342号投稿作)
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