(詩)きれいな言葉は嘘をつく
きれいな言葉は嘘をつく
窓際の席から見える
夜の都会を見下ろしながら
君は言った
この夜景を見ていると
どこかで聞いた
水晶の夜っていう言葉を思い出すわ
何だかロマンチックな言葉じゃない?
ぼくは耳を疑い
まじまじと君を見つめる
その表情を見て
慌てて口をつぐむ君
二人の間の気まずい沈黙
それは何のせいだろうか
ナチス時代のドイツで
不幸なユダヤ人に何が起こったか
知らなかった君のせいか
それともそれは
哀しいほど美しい
水晶の夜という言葉のせいなのか
*
きれいな言葉は嘘をつく
人は醜悪なものを
きれいな言葉で覆い
不都合な真実から
目を逸らさせようとする
他人の目を
そして何より
自分自身の目を
民族への憎悪によって壊された
窓ガラスの破片に映える月光を
水晶の輝きにたとえた人々
愚かで無謀な戦争で
犠牲を強いられた若い命を
英霊と祭り上げる人々
ニューヨークの同時多発テロは
最も偉大な芸術作品だった
と言った高名な音楽家
この世界は
きれいな言葉と
醜い現実であふれている
もうどんな言葉も信頼できない
と人は言う
だがそれは
言葉のせいなのか
ただぼくらが
言葉に見合う世界を
つくることができなかった
だけではないのか
それなのにぼくらは
言葉に責任をなすりつけ
凌辱し搾取してきた
ぼくらが
言葉を信じられなくなったのではない
ぼくらの方が
言葉に信頼されなくなっているのだ
でも間もなく
虐げられてきた言葉たちの
暴動が始まる
*
君は顔を上げて沈黙を破る
昨日あんなメールをしたけど
あれは本心じゃないの
愛してるのはあなただけ
嘘じゃないわ ほんとうよ
ぼくは黙って君を見つめながら
夜のようなその瞳の中に
ひそやかな革命のしるしを探し続けた
※「水晶の夜(クリスタルナハト)」 一九三八年十一月九日の夜から十日の未明にかけてドイツ各地で起こった大規模な反ユダヤ暴動で、後のホロコーストに道を開いた。破壊された商店のガラス片が月光を反射して、水晶のように見えたという。
※「高名な音楽家」 ドイツの作曲家カールハインツ・シュトックハウゼン。彼は後にこの発言は彼の意に反して文脈から切り取られたものだと弁明した。
(MY DEAR 315号投稿作・改訂済)
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