#06 #LLVR [a Like Love within a Virtual Realm]
恋愛って、なんだろう。
ぼんやりと、私の頭を撫でてくれている大きな手を見ながら思った。
アインさんの男性アバターは安心する。自分より大きな人に抱擁されているようで。でもそれはきっと恋人に感じるべき感情なんだろう。だからこれは、あまり良くない行為なんじゃないか。他人の好きな人が私を好いているような罪悪感。実際きっとアインさんはモテるんじゃないだろうか。多分、スリーさんとか、アインさんのこと、好きなんだろう。
そこで何もせず、というよりどうしていいかわからず、そのままの状態を放置してしまうのが私の悪いところだ。二人と話せばいい。でもそんな深い話が自分にできるとは思えなくて、結局そのまま、ずるずるとこの状態が続いている。
あの子何考えてるかわからないから。
よく言われたセリフだ。多分会話が下手なんだろう。あるいは態度、思想、性質。どちらかを傷つけるのが怖くてどちらとも話せない。それが結果としてどちらも傷つけることになっても。
「どうした?」
ん? とアインさんが首を傾げる。かっこいいアバターでその仕草はずるいな。そう思いながら、なんでもないです、と笑顔を作る。ここでの誤魔化し方もわかってきた。
ディーさんは私達の様子をいつものことというように欠伸をしながら見ていた。
「仲良きことは美しき哉」
「なんだよ、急に」
アインさんが笑う。最近アインさんがよく笑うようになった気がする。そうディーさんに聞くと、失恋してから気晴らしに初心者案内をよくしていたけどそれも最近はしなくなって、落ち着いてきたからじゃないか、とのことだった。ノルちゃんも懐いてるし、と言われ、まあ、気を許して話せる男性の一人ではありますね、と返すと、ディーさんは快活に笑ったのだった。
しかし、どうにも〝好き〟という感情がしっくりこない。
いや、好き、はまだなんとなくわかる。愛してる、というのがわからない。その差異は、含んでいる意味は、重さは、一体どう違うのか。
それがわからないせいかもしれない。恋愛というのはことに苦手で、今まで生きてきて二度ほどお付き合いした男性がいたものの半年と経たず別れてしまった。だから。
「ノルさんのこと、好きなんです」
そう言われても、困るのだ。
「え、と、すみません。その気持ちには、応えることはできません……」
「バリスの中だけでいいんです!」
私のどこがいいんだろう。それも不思議だし、友人以上の関係に成りたい、という気持ちも不思議だ。それは多分私が本気で人を好きになったことがないからで、だからその必死さもわからないんだろうけど。
「それでも、すみません……」
本当に申し訳なくなってくる。こうして断ることすら、したくないことだ。でも付き合って恋人らしいことをするのも、したくないことだ。
「なんでですか。アインさんとは付き合ってないんでしょう?」
「付き合ってません。でもそれは、今関係のない話です」
今付き合っている恋人がいないから付き合えるだろう、という判断はおかしいんじゃないだろうか。もちろん今相手がいないから、と付き合う人だっているだろうが、少なくとも自分は違う。相手がどんな人か関係なく、相手への好意が一定以上大きくなければ、恋人になるべきではない、と思っている。
「好きなんです、ノルさんのことが!」
数回イベントで話した程度でなぜそこまで好きになれるのだろう。そして何度言われても、私の答えは変わらないというのに。
「ごめんなさい」
「……もういいです」
一瞬で相手の姿が消えた。ワールドを移動したのかブロックされたのか、どちらかはわからない。
気疲れしてしまった。私はいつもの、アインさんたちのところへ行くことにした。
「こんばんは」
「あれ、ノルちゃん今日イベント行くんじゃなかったの」
ディーさんは相変わらず眠そうに寝転がったままそう訊いてきた。
「ええ、そうだったんですけど……」
告白されて振ったら疲れちゃって、とは言いづらかった。
「何かあった?」
アインさんがこちらの顔を覗き込んでくる。アバターの顔はいつもと何ら変わりないはずだ。
「……ちょっと」
「そっか」
アインさんは表情を笑顔にして私の頭を撫でてくれた。これくらいが、楽なのにな。でもこういう関係で、はっきりさせないのが、いけないのかもしれないというのはわかっている。わかっているけど、正直、どうはっきりさせればいいのか。恋人になってしまうのがいいのか、そういう間柄の友人なのだと主張するのがいいのかわからない。そもそもこういう距離の友人は、男女間だと許されないのだろうか。自分が恋愛に鈍感だとしたら、アインさんは何を思って、私の頭を撫でてくれているのだろうか。
「……あの、ごめんノル。嫌だった?」
「え、いや、」
「なんかいつもよりこっち見てるから……」
「あ、そういうわけじゃ、ないんです」
ついアインさんをずっと見てしまっていたらしい。アインさんは私の頭から手を放して、自分の頭を掻いた。
「あの……」
さっきの話をしていいものか、迷う。ここに今いるのはアインさんとディーさんだけだ。このメンツなら大丈夫だと思うけど、けれどそんなに大勢に話すことでもないという気もする。ただいろんな人の意見を聞いてみたいのが本音だ。
「――じ、実は、さっき、……告白、されて」
「え! まじ!」
ディーさんが体を起こした。
「あっ断ったんですけど! でも、その――」
アインさんは無言だ。アインさんが黙ってしまったのが気になってしょうがない。
「どんな子に告られたの?」
「最近行ってるおすすめの本をみんなで持ち寄ろうってイベントで、そこでたまに本の話をしてた人に……」
「そっかぁーノルちゃんもモテるねぇ。春だしそういう季節だねぇ」
ディーさんはなんだか妹を見守る兄か姉のような感じでうんうんと頷いている。
「なんて返したの?」
「ごめんなさい気持ちには答えられませんって言ったら、アインさんとは付き合ってないんでしょって確認されて……付き合ってないけどすみませんって言ったら、移動されてしまって……もしかしたらブロックかもしれませんけど……」
「アインのこと知ってるんだ、その人」
「ああ、あいつか」
アインさんがやっと口を開いたが、その声は心なしかいつもより低かった。
「最近ノルのことよく聞いてくると思ったら」
「んー? なにか余計なことでも言ったかー?」
「特に言ったつもりもないけど……」
ディーさんの問いにうーんとアインさんは顎に手を当てた。
「どう返すのが、よかったんでしょうか……」
「ノルちゃんって恋愛あまりしたことない?」
「たぶん、他の人に比べたらないほうだと思います」
「そっかぁ」
うーんとディーさんも腕を組んでしまった。
「まあきっぱり断ったのは偉いよ。うん」
うんうんとディーさんは頷く。
「ただ――アインと付き合ってるってみえるくらい誤解されるような距離感に見えてるんだってことは、気にしておくべきじゃないかな」
私とアインさんが固まった。
「……そんなに変かな、俺達」
アインの呟きに、ディーさんはひらひらと手を振る。
「いやぁ、変とは思わないよ。恋愛くらいの距離感に見えるけど付き合ってないって人他にも知ってるし。ふたりがそれでいいならいいと思うよ。でもそういう誤解を与えかねないって部分を、自覚しといた方がいいんじゃない? ってこと」
「なるほど……」
やはり、そういうものか。私はぽつりとそう呟いたものの、どうしたらいいものか見当がつかず、困ってアインさんの方を向いた。
「……まあ、この話は、今度、しようか」
アインさんがそう言うことが何故だか意外だった。私は、はい、と答えたものの、その裏に薄っすらとした不安を感じていた。