VR子育てはいかがですか
「髪の毛は何色がいいと思う?」
「青色好きだろ。青にしたら」
「でもキリクとの子でしょ? 混ざった色か、全然違う色がいいな」
「髪の色はケイアで目の色は俺、とかは?」
「それいいね! そうしよう」
俺とケイアはホログラフィックディスプレイ、宙に浮く画面に映ったアバターの髪の色や瞳の色を弄りながら、あーでもないこーでもないと言い合っていた。
俺とケイアはこのゲームで出会って、ここで結婚した、いわゆVR婚民だ。現実世界では特に戸籍を入れるなどはしておらず、ここだけの関係、ここだけのやり取りのみと決めている。もちろん人によっては現実世界でも籍を入れたり同棲をしたりする人もいるが、俺たちはわけあってそれができない。だからここで結婚をし、ここで子供を持とう、という話になった。子供の人格はAIで形成される。またまだ発展途上のプロジェクトで、今後何度も更新が入るだろう。その途中で人格がリセットされる可能性だってあるが、それを承知で、俺たちは子供を持とうとしていた。
「髪の毛は青で、瞳は黄色、と。あとは自動設定にしちゃう? どんなふうに育つかわからなくてリアルかも」
「ケイアがいいならそれでいいよ」
「じゃあそうしよ! それじゃあこれで送信っと」
本当にこれでいいですか、という質問文が二回出て、二度OKボタンを押すと送信完了の画面が表示された。右上の×ボタンでディスプレイを閉じると、ケイアが楽しそうにこちらの目の前に立った。
「楽しみだね!」
笑顔の彼女にそうだな、と返す。俺と彼女は会えない理由があるが、更に彼女は自分で子供を産むのが嫌なんだそうだ。無痛分娩というものもあるが、それでも痛いのは嫌らしい。その辺りの感覚は男である俺にはわからない。
「子供、育てられるのかな」
「大丈夫でしょ。だってAIなんだもん」
運営のサポートもあることだしね、と彼女ははにかんだ。
<よりリアルに近いリアリティを持ったバーチャルリアリティ体験を!>
そんなキャッチフレーズを見て、俺は舌打ちをした。
ケイアはこのゲームをやめてしまった。子育てが大変過ぎて、だ。〝リアルに近いリアリティを〟――それは現実の辛くてしんどい部分を見なかったことにする自分達にとって、いらないサービスだった。出産時の痛みを伝える代わりのコントローラーの振動、それはまだ平気だった。だが空腹や排泄、また特に意味もなく泣く行為に呼び出しをくらい、俺とケイアは満足にゲームをプレイできなくなっていた。何かやっていてもまた泣き出すかもしれない、という不安に取りつかれて、遠くのワールドに行くことができず、自分達のホームに設定したワールドに引きこもるしかなかった。放置するとアラートがなり、一定以上無視すると空腹あるいは体調不良を起こし死に至る。俺たちが思い描いていたバーチャルな子育てとは違っていた。
ケイアは突然姿を消した。ある日このゲームにインしなくなって、メールやチャットなどの他の媒体でも連絡がつかなくなった。消えてしまった。文字通り彼女は消えてしまった。もしかしたら〝彼〟だったかもしれない彼女は、こんなの違う、と時折ヒステリーを起こし、ノイローゼ気味になり、俺の前から姿を消した。
俺は彼女がいなくなったのは確かに寂しく感じたが、友人もいたし、何より子供が気がかりだったのでやめずにこうしてプレイを続けていた。そしてある日、とある人が子供の成長を加速させるチートコードを発見した。即座に俺も自分の子供に適用した。赤子だった子供は十歳程度にまでいっきに大きくなり、俺と同じ色の瞳で俺を見た。
「お母さんはどうしていなくなったの」
しゃべれるようになって開口一番、子供は尋ねてきた。俺は頭に血が上った。お前のせいだ。お前のせいでケイアはいなくなったんだ。そう言ってやろうかどうしようか。
「僕のせいなんだね」
こちらが黙っていると、子供は平坦な声でそう言った。まるで一昔前の機械音声のような平坦さだ。
「お父さんは、いなくならないよね」
怖いくらい平坦な声に、悪寒が走った。子供、ということは、この先八十年、いや下手したら百年、いいや、AIなのだから俺が死んだあとも永遠に生き続けるかもしれないこの存在が、怖くなった。
「僕と一緒にいてくれるよね」
俺はゲームを落とした。それからまるで亡霊のように、リアルでも子供の気配がするようになって、俺は運営に子供のプログラムを消去するよう要望を送って、アカウントを消した。
――僕と一緒にいてくれるよね――
この言葉が脳裏に焼き付いて離れない。今もどこかの端末に潜んでいる気がするのだ。そうして俺の傍から離れずついてきているのだ。あの子から逃れるには。もうこの手しかない気がする。