#09 #LLVR [a Like Love within a Virtual Realm]
「こんにちは! はじめまして! ナナっていいます!」
「ど、どうも……」
僕が挨拶をするとスリーちゃんは勢いに押された感じで控えめに挨拶を返してくれた。挨拶の仕方はもちろん人を選んでいる。静かな方がいいだろうと思うときは静かに挨拶をする。
「カトルさんから話聞いて会ってみたかったんだー最近中間テストだったんだって? おつかれさま!」
「あ、はい、ありがとう、ございます」
スリーちゃんの話をカトルさんから聞いてから会ってみたかったものの、スリーちゃんは高校生で中間テスト前だから、とインする頻度が下がっており、テスト期間が終了した今日やっと会うことができたのだった。
「タメ口でいいよー! 年齢近いし!」
「はい、あ、いや、うん、ええと、ナナさんも学生……?」
「うん。大学生」
「そうなんだ」
「勉強とかも教えられるから、わかんないとこあったら聞いてね! でも歴史は苦手です」
「あ、ありがとう……」
スリーちゃんはこちらを警戒しているというより戸惑っているようだ。まあそれはそうだろう。いきなりハイテンションに初対面で挨拶されたら戸惑う人が大半だ。だが、押した方が仲良くなれるスピードが速い人というのは一定数いるもので、スリーちゃんはそういうタイプだと見た。
「なんでカトルさんとリュウさん黙ってるのさー」
「いや、すごい勢いだなと思って」
カトルさんが僕の状態をそのままを口にした。僕が笑顔の表情にして、だって会いたかったし! と言うと、カトルさんとリュウさんはまるで僕の保護者のように顔を見合わせた。お転婆な子に育ったわね、みたいな。ヘッドセットの下はきっと苦笑していることだろう。
「ナナちゃんって随分テンション上がるのね……」
「大丈夫だと思います。ちゃんとわきまえられる人でもあるので」
カトルさんの呟きにリュウさんが呟き返す。僕はハンドサインを変えて口を尖らせた。
「なんだよー僕がまるで考えなしみたいじゃないか」
「私と会ったときはもっと冷静だったから……」
「あっちが素だと思います」
「これも素だよ!」
「カトルと会ったときは、どうだったの……?」
スリーちゃんが控えめにカトルさんに尋ねる。カトルさんはうーんと首を傾げて、普通? と疑問形を返した。
「普通なんだ……」
「そりゃあずっとこんなテンションじゃないよ。さすがに」
そう言うとスリーちゃんは少しほっとしたようだった。
「僕の周り年上が多いからさ、歳が近い友達欲しかったんだ。嫌だったかな?」
「あ、いえ、全然」
「よかった」
にこりと微笑むと、スリーちゃんも笑顔を返してくれた。
「ねえ、スリーちゃんってアインさんのこと好きなの?」
まどろっこしい駆け引きはなしだ。スリーちゃんと出会って二週間ほどが経った。その間にカトルさんの友達のアインさん、ディーさん、ノルさんと話したけれど、アインさんがいるときだけ、スリーちゃんの様子が違っていた。わかりやすい子だ。それだけ素直だと、素直な分、苦しいこともあるだろう。
「……やっぱり、わかる?」
「わかるよ」
「やきもち妬いてるの、そんなに出てる?」
「それもあるけど、明らかにアインさんがいるときだけ雰囲気が違うもん」
ここに在るのはアバターであって本人の体ではない。本人らしいものといえば声と、VRヘッドセットを被って入ったときの仕草だけ。それでもなんとなく雰囲気というものは伝わってくるもので、スリーちゃんはアインさんがいるときわかりやすく色が変わる。こういったことは気づいた時に確認しておくのがいい、というのは僕の今までの経験則からの教訓だった。スリーちゃんと二人きりの今、そろそろ聞いてみたかったところにちょうどタイミングが回ってきた。
「アインさんのどんなとこが好きなの?」
「……優しい、とこ」
スリーちゃんは自分の手元を見つめたまま話す。
「まだバリスを始めたばっかりのとき、アインとディーがいろいろ教えてくれて……アバターも、かわいいって褒めてくれて……自分でも単純だと思うけど、それで、好きになっちゃって……」
「うんうん」
「絶対アインは気づいてると思うんだ。でもあたしを拒否しないでくれてて……まあ、それで余計迷惑かけちゃってるなとは思うんだけど……」
「告白はしてないんだ」
「うん……してない……できない……」
「どうして?」
「……こわい、から。振られたらきっと、もうアインには会えなくなる。そしたらみんなにも会えなくなる。それは、嫌だから……でもこのままじゃいけないとは思ってる。みんなに迷惑かけちゃってるし、気を遣わせちゃってるのもわかってるから……」
「――じゃあさ」
僕は思いつきを口に出すことにした。
「僕を、代わりにしてみない?」
「え……?」
スリーちゃんはこちらを向いて理解できていない呆けた声を出した。
「僕が、アインさんの代わり。スリーちゃんに優しくするし、いっぱいかわいいって言うし、たくさん好きって言ってあげる」
「それは、おかしいよ」
「うん。おかしいよ」
僕が笑うと、スリーちゃんは戸惑った。
「でも僕はスリーちゃんが好きだから」
ひゅ、と彼女が息を吸う音がした。
「ま、まだ、会ったばっかりなのに……?」
「僕ね、恋してる女の子好きなんだ。好きな人のことを想って、悩んだり苦しんだり、好きな人の一挙一動で喜んだり悲しんだり。一番人間らしいと思うんだよね。その感情で溢れて溺れてる感じが」
「……なんか、あまり、良いようには聞こえないんだけど……」
「よく性格悪いって言われる」
ひひ、とわざと悪く笑う。スリーちゃんの戸惑いは大きくなった。
「スリーちゃんはまさにそうだよね。自分の感情に溺れて苦しくなっててさ。でもその様子が、可哀想なくらいに可愛くて。僕好きになっちゃった」
「え、ええと、好きになってくれるのは、まあ、ナナさんなら、嬉しい、と思うんだけど――」
「うん。別に、僕の事は好きじゃなくていいよ」
「えっ」
「さっきも言ったでしょ。アインさんの代わりでいいよ。僕の言葉は全部アインさんが言ってると思って。僕の行動は全部アインさんがやってると思って」
「む、無理だよそんなの」
スリーちゃんは首を横に振った後下を向いて顔を伏せてしまった。スリーちゃんの頭に生えている羽を下を向いて萎れてしまった。
「誰も、アインの代わりなんて、できないよ……」
「そうだね。その人はその人だから、代わりなんてできないし誰も代わりになんてなれない。でもね」
僕はスリーちゃんの頭に手を伸ばし、そっと撫でた。
「僕はね、その人以外にも君に優しくしてくれる人がいるってことを知って欲しいって思うんだ。代わりでもいいからって言うほど君に優しくしたい人間がいることを知って欲しい」
「…………」
彼女は上目遣いでこちらを見た。その頭を僕は撫で続ける。
「僕じゃ、嫌かな?」
「……わか、んない」
スリーちゃんはまた顔を伏せてしまった。
「わかんないよ。ナナさんの言ってること、わかんない」
「じゃあ、代わりとかいう話は忘れて。僕が勝手にスリーちゃんに優しくするだけ。ね?」
「――うん」
スリーちゃんは少し湿った声で頷いた。僕はその頭をずっと、彼女が落ち着くまで撫で続けていた。
「今日もかわいいね。あ、それ新しいアクセ? いいじゃん!」
「あ、ありがとう……」
褒められることに慣れていなかったスリーちゃんは、褒められてもどう反応していいかわかんない、と最初言っていた。ありがとう、だけでいいよ、と言うと最初訝しげにありがとうと呟いていたが、最近、少しずつだが褒め言葉を受け取れるようになってきたらしい。ありがとう、という言葉に若干の照れが混じるようになってきた。
「な、ナナさんも、その」
「うん?」
「そのアクセ、めっちゃ、いいと思う……」
「ほんと⁉ ありがとう!」
スリーちゃんからの初めての褒め言葉に、僕は本気で喜んで頭を思いきりわしわしと撫でた。最近仲良いね、とリュウさん達は僕らを見守る保護者のようなポジションになっていて、僕とスリーちゃんの関係には何も思っていない、あるいは思っていても何も言わないようだった。
「嬉しいな~スリーちゃんから褒められちゃった~」
「……」
ふいと顔を背けるのもまた可愛らしい。
僕の優しさで救われてくれるなら、僕はいくらでも優しくしよう。