#07 #LLVR [a Like Love within a Virtual Realm]
季節も雨が多くなり梅雨前線が日本を東西に分ける頃、相も変わらず俺達はバーチャルの世界で、ずっと夜のワールドに集まってはとりとめのない話をする日々を過ごしていた。
そんな中ペンタにDMで空いている日を聞かれたので、金曜の夜から土日にかけてなら空いている、と答えると、じゃあ金曜の夜占うねん、と返信が来た。何を占われるのだろう。まあどうせ恋愛についてだろう。いや、恋愛を含むすべてについて、かもしれない。今自分が何に対して悩みを抱いているのか、何をどうすべきなのか、このバリスでの日々をどう過ごしていけばいいのか。自分でも考えてみるが、何度考えても答えは出ない。スリーのことを考えると特定の女の子とばかり関わるのはやめるべきか。そしてスリーとそういった関係になるべきなのか。でも俺はスリーのことを恋愛対象として見ることはできない。だからそんなことはできなくて、じゃあ誰とも付き合わない、そもそも女の子と関わらないべきか。本当にそうだろうか。ふとノルのことがよぎる。嫌な思い出は上書きすればいいと言ってくれた彼女。彼女は俺のことをどう思っているのだろう。好ましく思っていてくれるのか、哀れんでいるのか、それとも本当は嫌悪を抱かれていたりするのだろうか。もうよくわからない。女の子の考えることが。いや、人の考えることが。そんなことを、週末ペンタに会うまで頭の片隅でぼんやり考えていた。
「やあ。来たね」
週末インした途端タロットカードのギミックがあるワールドに呼び出され、そしてペンタの前には既にタロットカードが展開されていた。仰々しく十二枚のカードが図形らしきものを形作っている。
「もう占い終わってるのか」
「終わったわけじゃないよ~アインと一緒に読み解いていくんだよ」
手招きをされたのでペンタと向かいに座る。VRヘッドセットでも見やすいよう少し大きめに設定されたカードたちは、なんだかこちらを威嚇しているような気がした。
「ズバリ、前の彼女のこと引きずってるねん?」
「いや、そんなことはないと思うけど」
「ああ、言い方が違うか。彼女のこと、というか、彼女に言われたこと、とかかな?」
ぎくりとする。最後まで私のこと見てくれなかったね。あの言葉がずっと、刺さったまま抜けていない。見ないふりができる程度には慣れたものの、ふいに思い出されては思考がそちらに持っていかれていた。
「……まあ、そうだな」
「だから今保身的なんだね~一歩踏み出す行動ができない、みたいな?」
「つまり?」
この雰囲気に飲まれてはだめだ。そう思い虚勢を張る。
「殻を破る必要があるってことだよ。今まで受動的だったけど、ちゃんと自分と向き合って、考えて、行動しなければならない。――んだけど!」
「お、おう」
「今は〝楽しい〟を享受してても大丈夫かな~まあ考えることはやめちゃいけないけどね~」
「なる、ほど?」
「アインなら大丈夫ってこと~。結局最後はなんやかんやで上手くいくみたいだから。正直意外な結果だね~」
ペンタは一枚のカードを拾ってひらひらと揺らした。
「魔術師のカードははじまりのカードだからね~。積極的に動かないとはじまらないけど、まあソードの六が出てるから大丈夫っしょ~」
「ソードの六の意味は?」
「ん~仲間に相談するとかしたらいいよ~って話。今僕が勝手に相談に乗ってるから、そして今後も勝手に相談に乗るから安心してね~」
勝手に相談に乗る。確かにペンタは勝手に占ってきて勝手にアドバイスをしていく。それは嫌味や皮肉ではなく、不思議とこちらが困っているときで、しかもそれは当たっている。今回もそうだ。
「それとカップのナイト。自分の感性を大切に、だよ~。あとね~」
ひょいひょいとペンタは次々カードを見せながら解説してくれている。
「今愚者が出てる。ズバリ言っちゃうと、恋愛って形じゃないけど恋愛の美味しいとこ楽しんでる感じあるよね~ノルちゃんと」
一瞬、息が止まった。
考えないようにしていたことのひとつだ。ノルのことを本当はどう思っているのか。向こうは俺のことをどう思っているのか。でも今の関係が楽だからこのままでいたい。そんな甘えが、ある。
「でもね」
ひらりとまたペンタは魔術師のカードを見せた。
「これははじまりだよ。アインにとっての。その膠着から抜け出すはじまり。すぐにではないし、ノルちゃんとも話す必要はあるけど。ここからは僕の勘だけど、多分話さざるを得ないことが起きるんじゃないかな~」
「大丈夫なのか、それ」
「大丈夫だよ。カードがそう言ってる」
うんうん、とペンタは頷いている。カードの結果がそんなに信頼に足るものなのだろうか。俺にはそう思えない。カードへの信頼感はないが、ペンタへの信頼感はある。懐疑心はあるものの、ペンタがそう言うならそうかもしれない、と思った。
「……さっき意外な結果って言ってたけど、それは、なんで?」
「そんなギャルゲーの主人公みたく無自覚に女の子と仲良くなってちゃ悪いことが起きそうなもんじゃん? でもそういう結果がでてないってことは、多分アインはちゃんと女の子と向き合うことができるようになるんだろうね」
いいことだ、とペンタは腕を組んだ。
「心配いらない、とは言わないし、何も起こらないわけじゃないと思うけど、それらをガン無視したりしない限りはアイン的に良い方向にいくんだと思うよ」
「そうか……」
これから何か起こるかもしれないのか。その杞憂だけで憂鬱になりそうだった。けれどそれは多分、自分が自分と向き合うきっかけになることなのだろう。
「ありがとう、ペンタ」
「どういたしまして~僕のアドバイスなんて聞くも八卦聞かぬも八卦だからね~あとはアインがどうするかだよ~」
ペンタはリセットボタンらしきものを押した。展開されたカードが一瞬で山札へと返る。
「僕はね、アイン」
ペンタはまっさらになった机の上で指を組み、その上に顎を乗せた。いつものいたずらっ子のような笑みを、にたりと浮かべて。
「みんなの未来を覗き見てそこに自分が介入するのがたまらなく楽しいんだ。とんでもない自己顕示野郎なんだよ。言わなくたって勝手に占って勝手にみんなの未来を見てる。当たるも八卦当たらぬも八卦、いろんな分岐線があった。バタフライエフェクトとはよく言ったものだね。だから君がどちらの選択をするのか、僕は楽しみでしょうがないよ」