第一章 4話 本を借りる
4・本を借りる
七月に入り梅雨明けが近づいてくると、晴れた日の陽射しと蒸し暑さは容赦なかった。少し動くだけで簡単に汗ばんでしまうこんな季節にも、夏雲の向こうには見えない音符が音を発して、青い空はいつものように新しい音色で歌を作っていた。
「行ってきまーす!!」
「待ってー、お兄ちゃん」
「二人ともっ、転んでケガすんなよっ」
凛と凪々が元気に家を飛び出していく。
いつものように、危なっかしいほど元気な彼らを玄関先で見送る。
彼らが小学高学年になってからは、登校までの時間も、帰宅してからの時間も、わりと自分のしたいことをするようになり、友達との付き合いも活発になった。お陰で以前よりは手がかからなくなり、自由な時間が徐々に増えてきた感じだ。……母も、僕がこれくらいの頃同じことを考えたりしたのだろうか。今はもう知る由もないけれど。
時々ふとよみがえる面影を、日常の色んな場面で見てしまう。
中学二年、夏の終わり。交通事故で突然逝ってしまった母。
冷たい病室で、もう動かないその塊に触れたとき、絶望の意味を知った。繰り返す時間がすべて終わったかに思えた。けれどそのあとも日常は容赦なく目の前に続いた。それは重苦しく耐え難い時間だった。
現実をどう受け止めればよいかわからず、心の虚無に苛まれているうち、気づくと僕には新しい母と小さな弟妹ができていた。
『あなたは雅史さんのお荷物なんだから、子供の世話くらいしてくれて当たり前でしょ。円満な家庭に貢献してくれなくっちゃ、いる意味ないじゃない』
義母が僕に放った言葉が、今も脳裏を掠める。お荷物。してくれて当たり前。ずいぶん勝手な言い分だと思った。でも反抗するほどの気力と関心を、僕は彼女に対して持てなかった。どうでもいいと思えた。
二人を送り出したあと、続いて家を出る。
今日も同じ空を見上げる。
こんな暑い夏の日だったっけ。義母が新しい相手を作り家を出ていったのも。
あのとき、実の母親に見捨てられたにもかかわらず気丈に耐えていた凛と凪々。小さな身体の底に潜んだ固く強い何かを、僕は彼らの中に見た気がした。二人がその後いっそう僕に甘えるようになったのは、彼らなりの精いっぱいの気持ちの切り替えと決意の表れだったに違いない。
父はいっそう家庭を顧みなくなり、出かけては何週間も帰ってこない、を繰り返すようになった。元々話しづらい父に居場所を聞いたところでよくわからなかった。このままだと子供は施設に行くことになるのでは、と学校や児童相談所の人たちが心配して動き始めると、何食わぬ顔をして戻ってくるけれど、問い詰められるのを避けるようにすぐまたいなくなる。いつのまにかこの家のまともな住人は、僕と凛と凪々の三人だけになっていた。事実上取り残された僕たちは、血が繋がらなくても代替えのない家族になったのだ。
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