見出し画像

「交際する」と「付きあう」の比較―対称性を中心として―

昔書いたレポートをベースに少しだけ修正した記事です。来週のお仕事ネタは文法の話にしようと思ったので、そのちょっとしたネタ振りとして、今回は文法に関する文章をアップしておきます。

1.はじめに
 1)aと1)bのような意味において「交際する」と「付きあう」はほとんど同義の語として見なされており、辞書記述を見てもその差は見つけることが出来ない。
1)a 彼は彼女と交際する。
1)b 彼は彼女と付きあう。
辞書の記述を参照すると、例えば『日本国語大辞典』の「つきあう」の②の意味と「交際」の意味は循環論法のような説明になっている。これは『明鏡国語辞典』や『広辞苑』もほぼ同様の状況にある。

『日本国語大辞典』
「つきあう」
①お互いにくっつく。両方からくっつく。
②交わる。交際する。
③行動をともにする。また、仕方なく相手とともに行動する。
「交際」
人と人、また、国と国とが互いにつきあうこと。交わり。つきあい。

『明鏡国語辞典』
「つきあう」
①お互いに行き来して親しく交わる。特に、恋人として親しく交わる。交際する。
②[他]義理や交際・社会上の必要などから人と行動をともにする。
③物や物事と親しくかかわりあう。
「交際」
人とつきあうこと。

『広辞苑』
「つきあう」
①双方からつく
②まじわる。交際する。
③義理や交際上の必要から相手をする。
「交際」
つきあい。まじわり。

しかし、『新明解国語辞典』では若干の差異を認めている。端的に言えば「交際(する)」は「社会人として」という含意があり、「付きあう」は「利害関係は二の次にして」という含意があると言う。他の辞書にはない記述であるので、この差を認めるべきかという問題もある。

『新明解国語辞典』
「つきあう」
①[利害関係は二の次にして]互いに行き来したりして、親しい間柄を保つ。
②社交場の必要や義理から、他人と行動をともにする。
「交際」
(社会人として)個人的に他人とつきあうこと。

しかしながら「交際する」という語は進藤(1963)によれば明治期に使用が増加した書生仲間の交際用語の1つであり1、『新明解国語辞典』が指摘する「社会人として」という含意は必ずしも軽視すべき記述ではない。
 そこで本レポートではト格に注目し、ト格で示される対象とガ格で示される主語の関係を、「交際する」と「付きあう」を比較する中で分析する。具体的にはNLBを用いてト格の文例を収集し、「交際する」と「付きあう」の共通点と相違点を明らかにする。なお、「付きあう」には複数の意味が存在するが今回対象とするのは「交際する」の類義語として機能する意味である。

2.「交際する」と「付きあう」のト格の対称性
 仁田(1974)の分類によれば、「交際する」と「付きあう」は動作主を示す名詞句と動作の受け手を表す名詞句を相互に交換しても文の表わす論理的意味に変化が生じないため対称動詞となる2。
対称動詞とすれば、益岡・田窪(1992)で示されている構文を参考にすると、「交際する」と「付きあう」は対称動詞の中でも動態述語に分類されることから、2つの動詞が取る構文は「(主体)ガ+(相手)ト+述語」か「(主体)ガ+(相手)ト+(対象)ヲ+述語」ということになる3。しかし、「交際する」と「付きあう」はヲ格を通常取らないので、「(主体)ガ+(相手)ト+述語」の文を取る。
 定延(1993)は「付きあう」については次のように記述している。「つきあうには対称性があり、…(主格と相手を交換しても)論理的意味は異ならないはずである」(p.109)と述べるとともに、相手に置かれた人物の方にイニシアチヴが存在していることを述べている4。また定延(1993) は対称関係を連続的なものとして捉えており、対象関係を4つに分類しているが、その分類で「付きあう」を分類すると主格と相手に相互的対称関係が成り立つことになる5。なお、同様のことが「交際する」にも当てはまるだろう。
 以上をまとめると、「交際する」と「付きあう」は対称動詞であり、「(主体)ガ+(相手)ト+述語」の構文を取り、主体と相手には相互的対称関係が成り立つが、対称性という観点で見ると相手に動作の主導権が存在するという特徴があると言える。

3.コーパスを用いた分析
3.1. 「交際する」の分析
 NLBの文例数は多くないが、「ト+交際する」となっている文例は72ある。ト格に取っている主な名詞句は、女性、[人名]、人、男性、○○たち、○○者、ブラザー、彼女、あなた、誰など人物を取っており、人物以外の名詞句は「社会」と「外国」の2つのみである(2.78%)6。それぞれの文例は1つずつであるが、2)と3)は言えない文ではないが、内省が厳密なネイティブにとっては許容度が低い文のように思われる。
2)前者は言葉の理解を基礎とし、実際に中国人、中国人社会と交際することによって中国を理解しようとする広い意味での中国語学である。(拓殖大学創立百年史編纂室編『外国語・地域研究の系譜』,2003,807)
3)この水戸学は大義名分論といって、昔から皇室尊崇の気風の強いところですから、外国と交際するなどもってのほかである(江藤淳著;福田和也編『江藤淳コレクション』,2001、918)
誤りではないが少し違和感があり、また頻度も高くないことから考えて「交際する」のト格は無生物を取りづらいという傾向があると見て良いだろう。いくつか文例を挙げてみると次のようなものがある。
4)彼自身、ベルギー人女性と幾人か交際した経験があるが、いずれもすぐに別かれてしまった。(喜多見幸著『それでも彼らは日本に居る』,1999,366)
5)東京時代の書生の父はひどく行動的で、いろんな人と交際し、専門外の本もかなり読んだらしい(石堂清倫著『わが異端の昭和史』,2001,289)
6)この女性の場合は加害者と交際していたらしく家族さえこの当選を知らなかったとのこと(Yahoo!ブログ,2008,Yahoo!ブログ)
7)オヤジは、ダイスケが彼女と交際しているのはマネージャーを通じて聞いていたようだ (週刊ポスト,2002,一般)
8)理枝は米本と交際していた期間があったし、一緒に旅行もしているのだから、彼の写真が一枚ぐらいあってもよさそうなものだが、それがない(梓林太郎著『尾瀬ヶ原殺人事件』,2005,913)
9)一方のこされた史進は、近くの少華山の山賊と交際したことが発覚して、官軍に攻められ、やむなく家に火を放って少華山に逃げる(『鑑賞中国の古典』,1989,928)
10)僕の父は子供が何をしようと誰と交際しようと毛ほども気にしない。(アン・マリー・ウィンストン作;松村和紀子訳『禁断のときめき』,2005,933)
2節で見た構文という観点で見れば「(主体)ガ+(相手)ト+述語」の構文を取ることが明らかであり、また対称関係も相互的対称関係を示している。しかしながら対称性という観点で見たときに相手にあたる人物の主導権が強いかと言えばそこまで強いように見えない。定延(1993)では「彼女と付きあうのは大変だ」という意味を、「彼が彼女と付きあう」で表現し、「彼女は彼と付きあう」では表現しないことを論拠にしている7。しかし、このような視点で見たときに「交際する」にそこまで強い主導権の差は感じられず、むしろ主体と相手はほぼ台頭に近い関係のように思われる。このような差の大きな原因は「付きあう」には「~につきあう」という別の用法が存在し、この用法では相手に合わせて行動するという意味を持つため「ト格」においても相手の主導権の強さを含意していると考えられるが、具体的には3.2.で見る。
 また文脈についてだが、Yahoo!知恵袋やYahoo!ブログのような比較的文体が厳格なものではない作品では11件(15.28%)とあまり多くない傾向にあり、文語というほど堅い語ではないものの少し堅い語である可能性もあるが、これについては3.2.で「付きあう」と比較して分析する。
 以上の点をまとめると、「交際する」では「(主体)ガ+(相手)ト+述語」の構文を取り、主体と相手には相互的対称関係が成り立つが、対称性という観点で見ると相手と主体の関係は同等に近いものであり、ブログや知恵袋のような文脈での使用頻度が低い語という特徴が読み取れる。

3.2. 「付きあう」の分析
 NLBの文例はト格を取る文例だけで3158件中1328件(42.05%)あり、また「付きあう」の名詞+助詞のパターンの中で最も文例の多いものとなっている。なお次に多いのは「に付きあう」のパターンで682件(21.60%)である。そのような「付きあう」であるが、ト格の取る名詞句は、人、[人名]、女性、彼、私、男性、○○たち、男、彼女、誰、○○さん、女、彼氏など人物が多い。また、「交際する」という語にはほとんどなかった無生物も取っており、例えば病気、車、銀行、国、病、痛み、○○なものなど数としては多くないが、「交際する」とは異なり違和感を覚える文例は少ない。例えば、11)や12)や13)は先に見た2)や3)に比べて自然な表現に思われる。
11)それでも時には、うまく病気とつきあって、それなりの年齢まで生き延びる者もいる。(西木正明著『養安先生、呼ばれ!』,2003,913)
12)つまり厳しく鎖国をし、白人の国家ではオランダとしか付きあっていない。(井沢元彦著『日本史集中講義』,2004,210)
13)私自身、長年車とつきあい、また私以外の人間が車とつきあうのを見てきて(樋口健治著『クルマとつきあう法』,1977,539)
この点から、「付きあう」は無生物も取ることが出来ると言え、「交際する」との1つの違いと言える。次に構文についてだが、11)~13)の文例でも見られるように、「付きあう」も「(主体)ガ+(相手)ト+述語」の構文を取り、「交際する」との共通点と言える。
14)「でも、そうなんだ。近所のひとと、ぜんぜん付き合わないんだよ。…おれたち、いまのアパートに引っ越してから三ヵ月にもなるのに」(落合恵子著『バーバラが歌っている』,1993,913)
15)ジョヴァンニは、あのころちょうどローリーとつきあっていたけれど、さばさばとした、どちらと言えば友人同士のようなつきあい方だったと記憶している。(ノーラ・ロバーツ著;芹澤恵訳『盗まれた恋心』,2004,933)
16)美都子は普段から軽くワインを嗜む程度の量を飲んでいたが、酒類が全く飲めない長太郎と付き合いだしてからは、ワインも一切口にしないようになっていた。(丹波五郎著『熱帯雨林』,2005,913)
17)夫はある女性と付き合うようになりました。(シェリー・アモテンスティーン著;月谷真紀訳『恋人と別れたくないあなたへ』,2004,152)
18)軽い気持ちで年下の彼とつきあって、2ヶ月。なんだか、とても偉そうな態度にうんざりしてきました。(Yahoo!知恵袋,2005,恋愛相談,人間関係の悩み)
19)シバさんは、私と付き合ってると思ってるんだろうか。(金原ひとみ著『蛇にピアス』,2004,913)
対称関係については相互的対称関係を示しており、この点も「交際する」と共通する。しかしながら対称性という観点で見たときに相手にあたる人物・モノの主導権の強さには差があるように思われる。例えば、12)では病気という主体に主導権がないものが相手に来ており、また14)では車という主体の趣味に当たるもので、こちらも相手に主導権があると言えるだろう。ただし、13)は明白に主導権の優劣が明白ではない。また人物の場合16)や19)は相手に主導権があるように見えるが、他は主導権の優劣が明白ではない。ただし12)や14)に比べれば16)や19)も明白に主導権の優劣を感じることは出来ないが「交際する」に比べれば主導権が相手に存在する文も表現できるという点で差異が認められる。
 最後に文脈に関する問題だが、文例が多い方がどのような文脈で用いられやすいかが正確にわかるので、BCCWJ中納言を用いて分析を行なう。中納言では「付きあう」は5612件で、「交際する」は178件ある8。それぞれ検索対象からYahoo!知恵袋とYahoo!ブログを外して検索すると、「付きあう」は2608件(46.47%)で、「交際する」は130件(73.03%)であり、「付きあう」の方がYahoo!知恵袋やYahoo!ブログという比較的堅くない文脈で使われやすいという傾向があることが分かる。「交際する」は漢語+サ変動詞という構成であり、堅い文と相性が良いという点も考えられるが、それ以上の差は見出される。

4.結論
 「交際する」と「付きあう」の共通点と相違点をまとめると次のような表になる。


[動詞]      「交際する」          「付きあう」
[構文]          「(主体)ガ+(相手)ト+述語」
[対称関係]            相互的対称関係
[対称性] 主体と相手に主導権の差はなし/ 相手に主導権がある文を作る
[相手に取る名詞] 人物のみ(生物のみ) /人物(生物)・無生物の両方可
[文脈]       堅い文脈    /  比較的堅くない文脈

『新明解国語辞典』において「つきあう」は「[利害関係は二の次にして]互いに行き来したりして、親しい間柄を保つ」と示され、「交際」は「(社会人として)個人的に他人とつきあうこと」と示されていたが、表現自体の妥当性は別として「付きあう」では主導権が相手に存在するという点を「利害関係は二の次にして」と示しており、「交際する」では堅い文脈で使う点や人物を相手として取る点を「社会人として」と示していると考えられる。だが明白に違いを述べるのであれば、「付きあう」は比較的堅くない文脈で用いられ、ト格には生物・無生物の両方を取り、ト格で示す動作の相手に動作の主導権が存在するような文を作ることが出来るのに対し、「交際する」は堅い文脈で用いられ、ト格に生物を取り、ト格で示す動作の相手と主体の間に動作の主導権の優劣が存在しないとなるだろう。


1進藤(1963)、p.50。
2仁田(1974)、p.101。
3益岡・田窪(1992)、p.90。
4定延(1993)、pp.109-110。
5同上、p.99。
6計量的な分析を目指しているものではないので、割合を利用する分析はほとんどしないが適宜参考のために全体の件数から見た当該の件数の割合を示す。つまりここでは全体72件に対する2件の割合を示している。
7定延(1993)、p.110。
8中納言での検索について、「付きあう」はキーを語彙素読み「ツキアウ」で検索し、「交際する」はキーを「交際」、後文脈を語彙素読み「スル」で検索している。

参考文献
國廣哲彌(1973)「言語の統合的モデル」、『国語学』92、pp.(19)-(32)
久野すすむ(1973)『日本文法研究』、大修館書店
定延利之(1993)「深層格が反映すべき意味の確定に向けて―対称関係・対称性を利用して―」、仁田義雄(編)『日本語の格をめぐって』、pp.95-137、くろしお出版
進藤咲子(1962)「漢語サ変動詞の語彙からみた江戸語と東京語」、『国語学』54、pp.(41)-(57)
時枝誠記(1949)「國語に於ける變の現象について」、『国語学』2、pp.(161)-(176)
仁田義雄(1974)「日本語結合価文法序説―動詞文シンタクスの一つのモデル―」、『国語学』98、pp.(93)-(112)
益岡隆志・田窪行則(1992)『基礎日本語文法―改訂版―』、くろしお出版
ヤコブセン,ウェスリー(1989)「他動性とプロトタイプ論」、久野すすむ・柴谷方良(編)『日本語学の新展開』、pp.213-248、くろしお出版

引用辞典
小学館国語辞典編集部(編)(2000)『日本国語大辞典 第二版』、小学館
北原保雄(編)(2010)『明鏡国語辞典 第二版』、大修館書店
新村出(編)(2008)『広辞苑 第六版』、岩波書店
山田忠雄(主幹)(2005)『新明解国語辞典 第六版』、三省堂

コーパス
NINJL-LWP for BCCWJ (NLB)
現代日本語書き言葉均衡コーパス(BCCWJ)中納言


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?