大学に入る前に読みたい本 2013年版
塾講師時代に作成したもので、大学受験を終えて、大学に入学することが決定した生徒に配っていた読書案内の1つです。いわゆる、受験が終わった3月に遊びまくり4月に苦しむ1年生問題を避けるために作ったものなので、苦言を呈することが多いです。卒業式シーズンということもあるので、古いものから順番に公開していきます。
大学に入る前に読みたい本
2013年3月版
まえがき
大学生になると本格的な学びが始まり、学問自体の面白さや物事を探求する楽しさなど本格的な知の営みによる美徳を感じることができるだろう。しかし、そのためにはある程度の基礎知識が必要である。確かに受験を突破したのだからその学力が十分身についているわけだが、入試から少なくとも1か月間の空きがあり、その間に何も学ぶという行為を行わなければ、当然入試のときに身についていた学力は喪失し、大学で学ぶ高度な学問を理解することができなくなってしまう。確かに「楽単」と呼ばれる授業はどんな大学・学部にもあり、また試験対策や過去問の利用で突破できてしまい、漂々としている間に卒業にこぎつけることもできてしまう。
しかしながら、義務教育でもない大学に入学した意味をもう一度問い直してみる必要があるのではなかろうか。大学は教育行政上、高等教育という名を冠する教育を学ぶ場であり、言わば最高級の学問を、しかも最新の内容で学ぶことができるわけであり、それをたかだか学士という資格を得るために使うのは「無駄」と言わざるを得ない。大学を就職のために活用する時代は終わっているにも関わらず、それが今でも浸透しておらず、大学に入らなければまともな職業に付けないという教育の勘違いとも言える事態は収束していない。国会議員ですら高等教育への進学率の低さが先進国並みではないという発言をしている。確かにさも正しく感じるような発言ではあるが、国ごとの特徴を押さえておらず、また日本よりも先進している国が抱える社会問題に直面しないように改良しなければいけないはずなのに、ただモノマネをすれば良いという思考停止状態になっていると言えないだろうか。
現代は思考停止状態の国民が氾濫しており、そんな社会を生き抜く必要がある時代なのである。簡便・軽量・即解といった、甘美なる言葉に惹きつけられ、思考しなくなった人々はマスメディアというオピニオンリーダーに牽引され、さも自分が閃いたような感覚で作られた意見を保持し、それに基づいた行動を実行してしまう。情報社会だからこそ、情報を熟慮し意思決定を自己の責任において行うべきである。このような考え方はこの「まえがき」を読んでいる諸君が生まれる前の1980年代には既に議論されていたのにもかかわらず、現代の情勢を見ればわかるように対応しきれていないのである。
だがしかし、失望することはない。そのような社会を生き抜く力を提供してくれる場に諸君らは入学できたのである。大学で本気で学ぶことが現代社会を生き抜くために必要である。レポートを書くときにWikipediaなどのサイトのコピペで片づけたり、テスト直前になって友人のノートを借りたり、授業中に内職をしたりなど意味のない勉強はやめ、図書館の本や論文を読み、授業内容の正当性を検討し、自らの考えを持つといったプロセスを踏んでみる「学び」を実行することで、学術的能力だけでなく社会で生きる力もいつの間にか身についているものである。
4年間を無駄にするか、有意義にするかは諸君らの手腕にかかっているのである。いよいよここで本題であるが、この冊子はそんな貴重な4年間を無駄にしないための準備として、入学までの数か月で読んでおくべき本を紹介する。全ての本を読む必要はないが、自身が進学する学部に関係する本は最低限読んでもらいたい。かなり厳選しているため、読んだからと言って完璧な準備ができるとは確約できないが、読んでおいて損はない本を選定しているので、一読してみる価値は十分ある。
受験のための勉強は終わり、自身のための、家族のための、社会のための、学びが始まる。新たな学びの形に臆することなく知的探求の面白さに触れてもらいたいと切に願う。
人文科学に関する本
・アリストテレス『哲学のすすめ』講談社学術文庫
→万学の祖と呼ばれた天才アリストテレスが哲学者ではない人に、哲学する意義を説いた本。講談社学術文庫版は解説がついており、困ったときにはその部分を読めば理解できる。
・鈴木孝夫『ことばと文化』岩波新書
→『ことばと文化』というタイトル通り、ことばと文化がどのような関連を持っているかが書かれており、日本語の不思議さについて学ぶことができる。
・金田一春彦『日本語上・下』岩波新書
→国語学者の偉人の1人である金田一春彦が日本語の特徴や面白さを比較的分かり易く、しかも正確に書かれている本である。
・網野善彦『日本の歴史をよみなおす』ちくま学芸文庫
→通史とは異なりテーマで見ていくという独特の構成であり、日本史嫌いでも読み進めやすい文体で書かれているため、日本の歴史を楽しく学ぶことができるだけでなく、歴史を研究する方法を体感できる。
・宮田登『妖怪の民俗学』ちくま学芸文庫
→大民俗学者である宮田登がゴジラや口裂け女と言った誰でも耳にしたことがあるものを題材に民俗学の面白さについて書いた本である。
・宮本常一『忘れられた日本人』岩波文庫
→旅する巨人と呼ばれた民俗学者であり、宮田とは異なるスタイルを貫いた人物が描いたちょっと昔の日本の姿を紀行文を読む感覚で、理解することができる。
・尾形仂『座の文学』講談社学術文庫
→無視され続けた連作により文学である俳諧にスポットを当てた本。少し専門的な内容も含むが、俳諧という名前しか知らないことが多い文学作品を丁寧に知ることができる。
社会科学に関する本
・ジャン・ジャック・ルソー『エミール上・中・下』岩波文庫
→理想的な教育方法を、エミールという架空の少年を教育するストーリーで伝える一冊。人間の成長期や思春期などに注目し、その段階までに身に付けるべきことを明示しており、近代教育が確立するまでの教育観を知ることができる。
・二宮皓編著『世界の学校―教育制度から日常の学校風景まで―』学事出版
→いくつかの国を取り上げ、その国の教育制度と日本の教育制度の違いを理解できる。「世界の教育ってこんなに違うんだ」と感嘆できる一冊。
・石隈利紀『寅さんとハマちゃんに学ぶ助け方・助けられ方の心理学』誠信書房
→カウンセリング心理学を有名な作品のキャラを通して説明している。分かり易い文体で書かれているので、「心理学って何?」という人でもスラスラ読める。
・松井茂記『日本国憲法を考える』大阪大学出版会
→憲法という最高法規の比較的興味を持てる部分をピックアップして法学ではその部分をどのように捉えているか、またその部分にはどのような問題があるかなどを専門家が専門でない人向けに書いたものである。
・恩蔵直人『経営学入門シリーズマーケティング』日経文庫
→マーケティング論の専門家が、マーケティングを理解するための基礎を比較的平易に述べている本。
・見田宗介『現代社会の理論』岩波新書
→情報と消費からみた現代社会を比較的平易に論じた一冊。社会学と経済学の接点とも言うべき分野について触れられるが、見田の専門は社会学なので社会学よりではある。
自然科学に関する本
・齋藤勝裕『光と色彩の科学』講談社ブルーバックス
→色とは何であるか、色の見え方を決めるものは何であるかなど色彩学について比較的平易に書かれており、読んだ後には「色」という概念が変わってしまうかもしれない一冊。
・ダレル・ハフ『統計でウソをつく法』講談社ブルーバックス
→数式を使わない統計学入門とあるように数式は一切出てこないが、統計学の要となる考え方を実際の例などを通して理解することができる。
・安田利顕著、漆畑修改訂『美容のヒフ科学』南山堂
→ヒフは身近な存在であるが、一体何であるかを理解していないことの方が多い。例えば、チョコレートを食べるとニキビができると言った通説は、この本を読めばわかるが正しくないのである。医学から見たヒフについて理解するための基本書である。
・レーチェル・カーソン『沈黙の春』新潮文庫
→科学の発展により、生態系が変化してしまった自然にスポットを当てて、科学への考え方を一変させた名著の1つ。現代から見ると不正確な部分もあるが、その時代において挑戦的な試みをしたという部分に重点を置くと良い。
・村上陽一郎『科学者とは何か』新潮選書
→科学者倫理について、19世紀の科学者たちの成してきた行為を反省的に捉えて論じている。現代の科学者に求められる倫理的態度について学ぶことができる。
・チャールズ・ダーウィン『種の起源』岩波文庫
→生物学の画期的な変化を与えた書。その考えは生物学に留まらず他分野や文系学問にまで影響を与えた。ぜひ一読してほしい古典的な名著。
おまけ、恋愛について考えた本
・スタンダール『恋愛論』新潮文庫
・松井豊『恋ごころの科学』サイエンス社
・黒川伊保子『恋愛脳』新潮文庫
スタンダールは少し難しいが、後の2つは比較的読みやすい。恋愛は意外と軽視されてきた学問の対象なので、最近になり急激にスポットを浴びている。
筆者の個人的なおすすめ
=高度なものが多いので、チャレンジ精神が強い人のみ読んでみてほしい
身体文化
・バーナード・ルドフスキー『みっともない人体』鹿島出版会
・ミシェル・フーコー『性の歴史シリーズ』新潮社
・メルロ・ポンティ『知覚の現象学』法政大学出版会
・成実弘至編『問いかけるファッション』せりか書房
・鷲田清一『ちぐはぐな身体』ちくま文庫
・鷲田清一他編『身体をめぐるレッスン1』岩波書店
どれも有名な身体文化に関する本である。特に上から3つは身体文化を研究する人間なら避けては通れないものばかりである。ファッションやモードに興味があればルドフスキーの作品を読むべきであり、身体自体に興味がある人はフーコーやメルロ・ポンティの作品を読むべきである。
表象文化
・小林康夫・松浦寿輝編『表象 構造と出来事』東京大学出版会
表象文化論は比較的新しい学問であるが、入門書としてこの本が一番良い。有名なフーコーのマネ論も収録されており、表象とは何であるかを理解することができる。
情報文化
・仲田誠『メディアと異界』砂書房
情報文化や記号論を同時に学べる本。哲学・思想っぽい内容なので、まったく社会学感のない本であるのもおすすめの理由。
比較文化
・エドワード・サイード『オリエンタリズム上・下』平凡社ライブラリー
・岡田温司『グランドツアー』岩波新書
・岡田暁生『西洋音楽史』中公新書
・白川静『漢字』岩波新書
イメージ形成・変遷にまつわる本を中心に選定した。どれも読みごたえのある本なので、丁寧に記述を押さえ、その背景にある人の思考について考えるのが重要。
あとがき
いかがであっただろうか。どれも比較的読みやすく、手に入れやすいものを多くしたので興味のある本はいくつかあったのではないだろうか。多少、読んだ時期が古く、内容が曖昧なまま書いた部分もあるので少し正確さに欠ける部分もあるかもしれないが、作品自体はどれも良質なものなのでタイトルに注目し現物にあたるのが最も良いこの冊子の使い方である。
筆者は、常日頃若いうちにもっと勉強しておけば良かったと感じている。社会の構成員から見たらまだまだ若いのだけれども。学びはモラトリアムであり、その期間に学ばずして何をするのかという疑問を浮かんでしまうほどには後悔をしている。だがその一方で、若いうちにしかできないことはたくさんある。そうでなければおまけとして恋愛に関する本を挙げている意味がないだろう。
人の悩みは人間関係に尽きる。人間関係の特殊形態である恋愛を知らずして人間は語れないと私は考えている。友情も大事であるが、大概高校生までにその辺りは押さえきっているであろう。中には恋愛も押さえていると自負できる人もいるかもしれない。
しかしながら、そんな火遊び的な恋愛ができるのも後数年である。今しかないと言っても良い。無理に「恋愛しろ」とは言わないが、チャンスがあれば経験だと思ってしてみてはどうだろうか。配慮する生き方、我慢する生き方、忍ぶ生き方、尽くす生き方など、ある意味経験しがたい生き方を体験できるかもしれない。思い、悩み、苦しむことも多々あるだろう。しかしながら、悩まずして人生はバラ色にはならないし、面白味もない。私の大好きなロシア文学の文豪トルストイの『アンナ・カレーニナ』には「幸福な家庭はすべて互いに似かよったものであり、不幸な家庭はどこもその不幸のおもむきが異なっているものである」(新潮文庫版より)という一節が冒頭に出てくる。一言で内容をまとめれば、「幸福なんてつまらない」といったところであろう。不幸を克服してはじめて、「幸せ」という名の個性的な人生が送れるのである。不幸を不幸だと言って諦めるよりも、もがき苦しみ突破しようとする意気込みを持つことが大事なのである。
苦しみさえも糧にできる、そんな渋い大人になることを期待しつつ、閉めさせてもらおう。
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