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文章を国語の授業風に読むー中島敦「狐憑」(こひょう) #1 導入と範読

 このシリーズでは、国語の授業のように丁寧に作品を読み深めながら、1人で読書しただけでは気づかない作品の良さを知ることを目指しています。授業風ということもあり、長さは適量でカットし、深めたい人は参考文献を見てさらに深めてほしいという形をとりますので、物足りなさを感じたらぜひ参考文献類も確認してみてください。今回から数回にわたって中島敦「狐憑」を見ていきます。
「狐憑」は中島敦の代表作「山月記」も含まれる「古譚」の4作品の1つです。知名度は「山月記」が群を抜いているせいで、そもそも「山月記」が「古譚」の1つの作品であるという意識は薄い気がします。「古譚」の共通点はいくつかありますが、4作品とも元ネタと呼べる作品があり、文字にまつわる話という点が特に重要な共通点と言えます。
 「狐憑」はヘロドトス『歴史』を基本としたものではあるものの、「典拠にしたがって遠い過去の歴史的事象を淡々と描いているというだけにとどまらない語りの特徴がある」(石井要、2019)という指摘もあるように、小説らしくアレンジが加えられている作品と言えます。その点は、中島敦が良く芥川龍之介と比較されたときに、両者とも理知的な作風で元ネタを上手に活用しているという共通点が強調されることを思い出させます。あまり導入が長いと作品の面白さが伝わりづらくなるので、早速作品の中身に触れていきます。
テキストについては、『中島敦全集』だけでなく、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/cards/000119/files/618_14528.html)でも読むことができますし、さらには『高校生のための近現代文学ベーシック ちくま小説入門』(筑摩書房)でも掲載されており案外手に入りやすい作品ですので、ぜひ手元に用意してから以降の記事を読んでもらえたらと思います。
 今回は範読ということで、まずは作品の全体像を簡単に捉えていきたいと思います。国語の授業の裏側みたいな話を少しすると、国語の授業では三読法と呼ばれる指導法での授業展開が主流となっています。①範読、②精読、③味読という三段階です。これを少し発展させて、①構造よみ、②形象よみ、③吟味よみという名前で指導している学校もあります。呼称は何であれ、①の段階は初めて作品に触れる段階であり、全体像を大まかに捉える読み方と言えます。②の段階でより詳細に文章を読み取っていき、③の段階では作品を読んだ総括をするために再度読み直すといった認識で間違いはありません。②や③についてはその段階になってからもう少し細かく見ていきたいと思います。
 では早速、①範読を行っていきます。①範読では、大まかな内容を捉えるということですが、具体的にはどう捉えていくかと言えば、定番の読み方は起承転結の4つに分けて理解するというものがあります。他にも導入部、展開部、山場の部、終結部という形で、起承転結という漢詩由来の段落わけではうまくいかないという場合の呼称もあります。なんにせよ、文章全体を(ア)物語の時代・登場人物・場面・事件設定などを説明する部分、(イ)事件が始まり物語が展開する部分、(ウ)物語がさらに深まり、一番盛り上がる部分、事件の決着がつく部分、(エ)事件の決着がついた後のまとめ、あとばなし、教訓などが書かれる部分の4つに分けると考えてもらえれば問題はありません。

では、早速精読に入りましょう。

課題:「狐憑」を読み、文章を4つの部分に分けてみましょう。自分なりで問題ないです。模範解答は示しますが、あくまで目安です。重要なのは先ほど上げた(ア)~(エ)の定義に当てはめ、理由をしっかり付けられることが大事です。

これ以降は、自分なりに4つの部分に分けることができたら読んでみてください。分ける時には第〇段落~第〇段落までなど区切れ目がわかりやすいような形で分けてみましょう。

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解説
起 導入部
第1段落 ネウリ部落のシャクに~第3段落 こうした湖上民の最も平凡な一人であった。

承 展開部
第4段落 シャクが変になり始めたのは、~第12段落 シャクの排斥を企んだ。

転 山場の部
第13段落 シャクの物語は、周囲の人間社会~第22段落 骨は湖に沈んでいった。

結 終結部
第23段落 ホメロスと呼ばれた~誰も知らない。

ここまでできていれば完璧ですが、もし第1段落が少し気になったという人はさらに良いです。第1段落で、既にこの作品の事件である「シャクに憑きものがした」という内容が語られており、事件設定などがすっ飛ばされている印象があるわけです。同じような文章構成を取る作品に太宰治『走れメロス』があります。こちらも「メロスは激怒した」という一文から始まり、メロスが王に対して激怒したからこそ事件が動き出しているので、『走れメロス』も事件設定を説明せずにいきなり事件が始まっているような印象になっています。これは読者をいきなり事件に引き込むことで、一気に物語世界に没入させて読者の注意を引くテクニックとして知られており、中島敦もそのテクニックを使ったと言えます。このような点を意識して再度分けると、

承 展開部 (読者の注意を引くために前にポッと出てきた段落)
第1段落 ネウリ部族のシャク~ということである。

起 導入部 
第2段落 後に希臘人が~第3段落 こうした湖上民の最も平凡な一人であった。

承 展開部
第4段落 シャクが変になり始めたのは、~第12段落 シャクの排斥を企んだ。

転 山場の部
第13段落 シャクの物語は、周囲の人間社会~第22段落 骨は湖に沈んでいった。

結 終結部
第23段落 ホメロスと呼ばれた~誰も知らない。

という5つの部分になるのが「狐憑」の文章構成です。4つに分けろと指定したのにいきなり5つかという指摘が出てきそうですが、正確に理解するという前提で捉えた時には5つにあるということなので自身の活動として分けた場合は最初の4つの部分に分けた形で理解できていれば問題はありません。とはいえ、これは解説なので5つに分けた形で、内容を確認してみましょう。

承 展開部 (読者の注意を引くために前にポッと出てきた段落)
第1段落 ネウリ部族のシャク~ということである。
事件は、シャクに憑きものが憑いたこと。結果、シャクは不思議な言葉を吐くようになる。

起 導入部 
第2段落 後に希臘人が~第3段落 こうした湖上民の最も平凡な一人であった。
シャクの住むネウリ部落についての説明。時代、場所、どのような生活を送っている人々かといった事件設定が説明されている。

承 展開部
第4段落 シャクが変になり始めたのは、~第12段落 シャクの排斥を企んだ。
第1段落で提示された事件について詳しく語られる。「去年の春」と具体的な時期も示されており、さらにはその原因である「弟のデックの死」についても描写されている。シャクが物語を話すようになり、「平凡な」湖上民ではなくなる。一方で、長老たちはひそかに異端な存在であるシャクの排斥を企むようになる。

転 山場の部
第13段落 シャクの物語は、周囲の人間社会~第22段落 骨は湖に沈んでいった。
シャクは聴衆を楽しませるために、「周囲の人間社会に材料を採る」ようになる。これにより、シャクを排斥しようとする動きが強まり、長老たちも本格的に排斥に向けた計略を始める。シャクは村の仕事しておらず冬籠りの支度をしていなかったことで、聞き手すら否定的な感情を抱くが、物語を創造する力のおかげで部落からの排斥は免れる。しかし、冬籠りの後、物語を創造する力を失い、部落のしきたりに従って処分される。「大鍋の中では、羊や馬の肉に交じって、哀れなシャクの肉もふつふつ煮えていた」と、シャクの排斥が劇的に描写されている。

結 終結部
第23段落 ホメロスと呼ばれた~誰も知らない。
シャクへの後世の評価。詩人という概念がない時代の詩人の死という悲劇。

#1はここまでです 。久しぶりの方も、現役の方も文学作品を丁寧に読む楽しさを感じてもらえたら何よりです。次回からはいよいよ精読の段階に入るので、一読では気づかないような細部について丁寧に読解していきましょう。

それでは、お疲れ様でした。

参考文献
石井要「憑依する動物たち ――中島敦「狐憑」論――」『日本近代文学』(日本近代文学会)101、(2019):pp. 187-202。


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