黒板に話しかける教師
高校で勤務していた時のことです
生徒の方を向かずに
ひたすら黒板だけを向き
授業をした日がありました
疲れていた
というのもありますが
生徒からfeedbackを取るのが
怖かったのです
今生徒はどんな顔をしているだろう
どんな気持ちで授業を受けているのかな
理解できているだろうか
私の伝えている英語は適切なのだろうか
それを知ることができる唯一の方法は
生徒からのfeedbackであるにもかかわらず
そんなことが何度か続き
私は高校を一度退職しようと決めたのです
今思えば
英語力に対する自信のなさと重なり
子どもたちや保護者の変化に対応できなくなり
教師としての自分の価値が見出せなくなった
それどころか
自分には生きている価値がない
という無価値観でいっぱいになっていた時期でした
でも私は
ここにいる、存在していると
誰かに知って欲しかったし
自分で確認したくて
自分を傷つけては
自分の存在を確認していました
その後再び大学院に入り
一時的な小さな自信と共に
小学校へ転職したのです
ただ、
自己否定や
こうあるべきこうすべきという義務感
制限、閉塞感
承認欲求
被害妄想
合理化…
というネガティブな感情は消えることなく
私の中に残り
今度は上司に映り
パワハラ、イジメという現実になりました
私の中で
"被害妄想"は大きいエネルギーだったようです。
なぜか"起業をしたい"という
10年くらい前から望みがあり
ここに対しても
この年齢で
この立場で…と否定し続けてきました
起業の準備をしている時でさえ
どうせ私なんかができるわけない
そんな気持ちをどこかで抱えていました
先ほどふと
黒板に話しかけていた時の自分と
今の自分が重なり、答えが見えてきました
私はやっぱりまだ、
私にはできるわけない
と思っていると突然頭に浮かびました
できるわけがない、というのは
起業できない、というよりも
挑戦して失敗したときに
その経験を活かす覚悟がない
失敗して悲しむ自分
がっかりする自分
力のないことを思い知らされる自分
汚された気持ちになる自分
弱くて誰かに守ってもらわなければならない自分
失敗に耐えられない自分
つまりは自分の力を信じてあげられていない
挑戦しているつもりで
まだまだ守られようとしていた自分に
気付きました
もっともっとやれるはず
やらない言い訳をせず
もっと望みを拾い
どんどん挑戦していけるはず
現実をやらない言い訳にせず
やりたいことに漬物石を置かず
もっと弾けていける
学びを深めていこうと思いながら
ミートソースの味が深まるように工夫しながら
昼食を作った日でした