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一期一会 -だから記憶は鮮やかなのかもしれない-

スリランカ南西部のビーチリゾート、ベントータへやってきた。
その目的は、ジェフリー・バワという、没後20年以上が経つにも関わらず、いまだ世界的に人気のある建築家の作ったホテルに泊まること。

建築家、隈研吾が敬愛するスリランカ人のジェフリー・バワ

遂に、初めてのバワのホテル!
しかも、高級アーユルヴェーダリゾート!
雨季だからお値段もリーズナブルだったので、5日間宿泊することに。
ただ雨季といっても南国気候のスリランカ、一日のうちでも雨が降る時間は短い。
暑すぎなくて、むしろ快適に過ごせそう。

ヘリタンス アーユルヴェーダ マハゲダラ

午前中はドクターの診察とアーユルヴェーダのマッサージを受け、その後は海を見ながら食事をし、気が向いたらヨガや瞑想のクラスに参加する、というゆるゆる極楽プラン。

アーユルヴェーダに基づいた食事も、毎食ものすごく美味しい。
他の宿泊客も、ここではとにかくゆっくり過ごしているせいか、みんな穏やか&フレンドリー。

その中で、ある初老のドイツ人男性が声をかけてきた。
名前はグンターさん。
ずっとドイツで医師として働いてきたが、ようやくリタイヤしてゆっくり過ごしているとのこと。
過去に日本を訪れて大好きになって、いまは日本語を勉強しながら次の日本滞在に備えている、と嬉しそうに話してくれた。

彼はこのホテルへの滞在は4回目で、毎回、約1か月間は過ごすようにしているらしい。さすがドイツ人…! バカンス期間が長いお国柄。
しかし、ここでの滞在は今回で最後にするつもりだという。

既にこのエリアを熟知しているグンターさんとせっかく仲良くなったので、一緒にバスに乗って、街に出かけることにした。
お土産物屋や洋品店などをいくつか回り、汗もかいたので川沿いのカフェで一休み。

実はアーユルヴェーダホテルでの滞在中は、コーヒーは厳しく禁止されている。というかカフェインは全般禁止。
そして身体を冷やしすぎる飲み物や食べ物も禁止。

でも、禁止されると欲しくなるのが人情と言うもの…
私たちはすっかり共犯者になって、一緒にアイスカフェモカを頼むことにした。
禁止されているものって、なんて美味しいのか(笑)

水辺の席は風が涼しく、対岸にあるお寺を眺めながら、とりとめのない話をたくさんした。
好きな音楽の話、日本やドイツ社会の話、お互いの仕事でのエピソード、、

ふと、グンターさんが思い切ったように私に言った。
「I'm dying.」

びっくりした。
彼は歳はそれなりにとっているけど、背も高く、胸板も厚くて話題も多彩で、いかにもできる”大人の男”という風情だから。

しかし、実は彼は癌を患っており、もう手の施しようがないのだそうだ。
彼自身がお医者様だったので、何も疑う余地はないとのこと。
だから、スリランカに何度も来たんだよ。と、言ってその話は終わった。

最後の望みをアーユルヴェーダにかけたのだと思う。
しかしアーユルヴェーダも万能ではなかったということだ。

その人のエネルギーを最大限に引き出すことがアーユルヴェーダの目指すところだけれど、それは必ずしも全ての病を治癒できるということではないんだな。
分かっていたことだけれど、辛かった。

暗くなってホテルに戻り、その日の夜は一緒に図書室で映画を見た。
日本が大好きなグンターさんは、日本映画のファンでもあり、特に是枝裕和監督を敬愛しているらしい。
彼の監督作品のDVDを何枚も持ってきていて、その中でも特にお気に入りの「Shoplifters (万引き家族)」をパソコンで上映してくれた。

外付けのスピーカーがうまく機能しなくて、音声は終始聞き取りにくかったものの、海外にもこの情緒を愛してくれる人がいるんだなあ、と感動してしまった。

夜が早いホテルなので辺りには人もおらず、静まり返った中でしばらく観ていたが、3分の2ほどまできたところでパソコンが止まってしまった。
どうやっても再生しなくなってしまったので、残りはグンターさんから解説してもらって映画鑑賞会は終了した。

その夜はなかなか寝付けなかった。
人との出会い、そして必ず終わる人生の意味についてぼんやりと考え続けていたように思う。

日本に戻ったら、もう一度ゆっくりと「万引き家族」を見直しながら、彼の来日を待っていようと思った。

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