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過食嘔吐から少食になった半年後
久しぶりの投稿です。
長年の過食嘔吐の日々から一転、少食生活へシフト。
前回は少食生活を30日経過したときに投稿していました。
過食嘔吐のときは、朝から寝るまで3〜5回は沢山食べ吐くという生活をしていて、1食もまともに食べることはできていませんでした。
少食生活にシフトし、「食事」という決められた時間に主食、肉、魚などを摂ることを辞めました。基本的には「食べないで生活を送る」という心持ちで生活することにしました。
実際は、それまで長年持っていた固定観念、また自分自身の心身の状態もあり、突然全く摂らないというのは難しく、一日500kcal程度を摂っていました。
半年後どうなったか。
食事
肉、魚などを摂らないいわゆるビーガンで、また米、小麦なども摂らない生活は継続しています。
主に食べているものは、ナッツ、豆類(水煮、きなこ)です。
他、豆乳、トマトジュース、甘酒、お茶、コーヒー(ほぼカフェインレス)を飲んでいます。
コーヒーに豆乳を入れて飲むことが、今の私の生活にとってとても重要な物となっています。
コーヒーの香りと豆乳のほっこりする感じが、疲れやイライラを解消してくれます。
前回の投稿時と変わったことは、カロリーを摂るようになったことです。
まだ体のシステムが移行しきれていないようで、少食生活を続けて行くと体のエネルギーが使われていき、どんどん体力がなくなって行きました。
なので、極端な少食はまだ時期ではないのだな、と感じました。
少しずつ食べる量が増え、現在は1日1000kcal程度を摂る生活をしています。
ひとまずこれで落ち着いている状態です。
家庭
私が一般的な食事を摂らなくなっても、家族の食事内容は変わりありません。
4歳、9歳と男の子二人、そして主人のものと食事を作ります。
肉料理、魚料理も作ります。時間になると食事を出します。
子どもは私が食べないのは特にわかっていないようで、何も疑問がないようです。
主人は理解があり、食べないことについて言及はしません。
ただ、「いつかまた一緒に食べられたらいいな、とは思うよ」とは言います。
外食の回数は減り、行くとしてもドリンクバーのあるところに行くことが多くなりました。
私は外では基本的に食べることはないので、家族が飲食する際は、飲み物だけ飲んで一緒に過ごしています。
仕事
体重が低体重なので仕事を休職しています。
医師に復帰許可できる体重のラインが決められています。
現在はその体重に達指定ない状態で1年3ヶ月ほど経過しています。
過食嘔吐を辞め少食で過ごして体重がガクッと下がりました。
しかし、少しずつですが増えてきているので、もう少しで復帰可能な体重に到着しそうです。
やっとあと少しで復帰できるところまできたので、無理せず増えていけばと思っています。
体調
(だるさの改善)
過食嘔吐をしていたときはとにかく1日中だるさがつきまとっていました。
夜になると、疲れがピークに達し、子どものこと、家事をやることに絶望的な気持ちになっていました。
過食嘔吐を辞め少食になると、だるさが一切なくなりました。
過食嘔吐をすることで、沢山食べて血糖値を急激に上げあります。そして、吐くことで食べたものと一緒に体に必要な電解質なども排出されしまいます。
(電解質の正常化)
吐くことを辞め、血液検査でずっと低かったカリウムなどの電解質の数値も通常に戻りました。
(平熱UP)
平熱が0.5度ほど上がりました。
吐くことで体温が奪われという状態だったので、平熱が低めでした。
また常に寒さを感じていました。
夏は汗をかきにくく軽装でいることがほとんどない状態でした。
冬は家の中でも湯たんぽを持ち歩いている状態でした。
現在は夏には暑さを感じ軽装でいることが増え、また寒い時期になっても以前ほど寒さを感じにくくなりました。
気持ち
いつも幸せ
日常生活ではいつも「心地よい自分でいること」を意識しています。
早起き
掃除
早朝ウォーキング
ゴミ拾い
ヨガ
瞑想
読書
アロマ
植物
生活の中で「心地よい」と思えるものを増やしています。
そして、私と私以外のすべてが幸せであることを祈って暮らしています。
そうすることで自然体で過ごせるようになりました。
物欲がなくなり、シンプルに生きることの素晴らしさをしることができました。
なぜそう思うようになったのか、というと話が長くなってしまうので、別の機会で書こうと思います。
摂食障害になってもかならず幸せになれる
摂食障害に苦しんでいる間は、とても治るとは思えなくいつも絶望的な気持ちで過ごしていました。
治っている人の話を聞いていても、なんだか自分とは全く別世界のように思いました。
だけど、思っていれば必ず自分が良いと思う方向に人生は向かっていきます。
「治す」という気持ちでいるとしんどくなります。
「幸せな私でいよう」と思うと、どうでしょう?
今苦しんでいることばかりにフォーカスが当たっている状態から、少し離れたところで状態を捉えられることができます。
20年間苦しんだ私でも良い方向に進めた。
だから、大丈夫。
今日はとりとめのない内容となってしまいましたが、今までの体験を整理して投稿していきたいと思います。
「大丈夫、ありがとう」