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国立西洋美術館「自然と人のダイアローグ」
テーマに沿って作品が展示されるタイプの展覧会は、画家個人を取り上げた展覧会とはまた違う楽しさがある。画家それぞれの表現に触れることができるからだ。今回も、宣伝されていたモネやゴッホ以外にもルドンやエルンスト、ムンク、モンドリアンやカンディンスキーまで見ることができ、充実感のある展示だった。
いくつかの作品を除き写真撮影可、という太っ腹な企画だったので、心惹かれた作品は写真がある。いくつか載せていきたい。
モネの海。細筆でササッと書いたような線が印象的だった。思わず「それでいいんだ!」と思ってしまうような。決して適当ではない・・・と思いたい・・・
モネの河。ぐっと寄って細部まで見られるのは展覧会ならでは。
寄って見られた、といえばこちらも。
モネのアイリスと、睡蓮。私は画家がその作品を描いた時の距離で見るのが好きだ。ここにこの色を置いた意味や目的、どう見えたのか、これは画家にとって会心のタッチだったのか、など、いくらでも見ていられる。
いつだったか私の母が、「日本人ってモネ好きよね~」と言っていた。モネが好きというか、印象派とその周辺(新印象派、ポスト印象派)が好きな人が多いのだと思う。色彩豊かで、見ていて心地良い作品が多いからだろうか。ここはそのモネと、リヒターという現代美術のアーティストを並べたコーナー。私にとってモネの一番の魅力は自分をぼんやりとさせてその中に溶け込んでいけることだが、リヒターの作品にも同じような印象を持った。芸術でも自然でも、書籍でもそうだが、自分の境界線を拡張してくれるものと内部深くへ収斂させてくれるものがあると感じている。モネやこのリヒターは前者だ。海で波間にたゆたうような浮遊感や、脳が溶けていくような安らぎがある。
浮遊感や安らぎといえば、シニャック他による点描の作品も、ふっと少し自分が軽やかになるような体感を持った。光あふれる天国というものを絵にするならこうなるのではないか、という思いが頭に浮かんだ。
私はてっきり、これらのように風景を描いた作品だけで展覧会が構成されていると思い込んでいたのだが、冒頭にも書いたように実際はそうではなかった。ルドンやエルンストは「〈彼方›への旅」というセクションに、モンドリアンやカンディンスキーは「光の建築」というセクションに展示されていた。嬉しい驚きと共に、自分の発想の貧困さというか、考え方が型にはまっているのかなと反省させられた。展覧会のタイトルは「自然」ではなく「自然と人との『ダイアローグ』」だ。人間もひとつの自然であるわけだから、「自然」の中には人間の心象や観念といった内面的な要素も含まれるということだろう。そして「自然」の中には草木や海や山だけではなく時間のような普遍的な秩序も含まれる、ということだ。だからそういった秩序に迫ろうとした抽象画家もここに並ぶのだろう。自然を人がどう捉え解釈して表出したか、つまりインプットと咀嚼とアウトプット。それこそがダイアローグなのだろう。
最後にムンクの「アルファとオメガ」と題された版画の連作から。不気味さもありつつ、不思議なおとぎ話のような作品だった。出会いと愛と終焉がそこにはあった。自然を形作る生命の愛しさと儚さを感じられる。世界のすべてを大切に思えるような気持ちになって会場を後にした。
会期は9月11日まで。珍しく会期中にアップできた・・・