【短編】もし波打ち際に人魚が打ち上げられていたら1(春弦サビ小説?)
もしも誰もいない浜辺を一人で散歩しているとき、
人魚が打ち上げられていたら、どうする?
私は心の中で誰かにそう問いかけながら、打ち上げられた人魚を見ていた。美しい人魚はこちらをじっと見ている。
もし自分が20代30代の男性だったら…うっとりと引寄せられていっただろう。
でも私は50代女性だった。仕事に疲れ、暮らしに疲れ、気持ちに余裕がない主婦だった。
何もかも嫌になったと唐突にいろいろなことを放置して海辺に散歩にやってきたのだ。少しだけ一人の時間を過ごしたかった。
あとでいろんなことが大変だとしても。今は一人で静かに波の音を聞き、潮風を浴びようと。
なのにそこに美しい人魚がいた。
どうしたらいいのだろう。
私は忙しく3秒ほど考えを巡らせ、見なかったことにして立ち去るという方針を固めた。
すぐに目をそらし、歩き去ろうとした。
「ちょっと!無視しないでよ!」
人魚が大きな尾で海水をばしゃりを叩きながら私に向かって叫んだ。
私はもともと親切な性質なのでつい足を止めてしまった。
「だって、あなた、私みたいな疲れたおばさんじゃなくて、素敵な若い男性を待っているんでしょう?」
私がそう言うと人魚は抗議の水音を立てた。
「何それ。私べつにナンパしに来てるわけじゃないわよ。
それにあれでしょ?
もし私じゃなくてクジラやイルカが打ち上げられてたら、人間はよってたかって海へ帰そうと集まってくるくせに、なんで人魚だとそう思わないでナンパ待ってる的に考えるわけ?」
確かに。
私は納得して、彼女のほうへと近づいた。
「本当にそうだった。ごめんなさいね。
何か困っているの?海へ帰れなくなってしまったの?
何か私に出来ることがある?」
彼女はうっとりするような美しい微笑みを浮かべた。
「ありがとう。
帰れなくなったわけじゃないけど、もしできれば、少しお願いがあるの」
「なあに?私にできることなら。
海に帰すのは無理だなって思ったけど、そうじゃないのなら出来るかも」
私は波打ち際にスカートを濡らさないように気をつけながらしゃがみこむ。
「あれ」
人魚は少し先の山を指した。
「あそこから海へ、ピンク色の花びらが舞ってくるの。
あれってどんなものか知りたいの」
彼女は私に手のひらに乗せた桜の花びらを見せた。
私は笑顔でうなずいた。
「あれは桜よ」
そういうと急いでスマホを取り出し、写したばかりの桜の木や花を見せた。
「こんなふうに咲いてるの。
そしてね、こんなふうに水に浮かんで集まったものは『花筏』っていうの。”いかだ”って分かる?」
人魚は頷き、スマホの写真を熱心にながめた。
「実際にみたらすごくきれいなんでしょうね。
見てみたいなあ…でも無理だな~」
私はさっき立ち寄った農協直売所で桜の切り枝が売られていたのを思い出した。
「少し待ってて!花の咲いた枝なら見せてあげられるから」
私は走りにくい海岸を急いで走った。
20分ほどで私は桜の枝を抱えて浜辺に戻った。
しかしもう人魚はいなかった。
待てない事情があったのだろう。悪意のありそうな誰かに見つかりそうになったのかもしれない。
見せてあげたかったな…
私はさっきと同じようにしゃがみ込んだ。
するとさっき人魚がいた場所にピンク色の何かがきらりと光った。
彼女が持っていた桜の花びらだろうか?
手を伸ばして濡れた砂から取り出すと、それはつやつやした桜貝だった。
でももしかしたら、彼女の尾の鱗かもしれない。
私は立ち上がり、サンダルを脱いで海へと入っていった。
そして少し大きめの波が寄せてきたとき、買ってきた桜の枝を投げ入れた。
「あの子のところまで運んであげて」
引く波にそう頼むと、波は心得たように桜の枝をさらっていった。
桜の枝が見えなくなってから、私はサンダルをはき、拾った桜貝を大切にハンカチに包んで家に帰った。
(了)
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春弦サビ小説のお遊びリレー小説「note村の一日」を書いているうちに、くえすさんが素敵な人魚のメロディを作ってくれたので、つい歌詞を書いて歌いました。すると海の中の歌っぽく、くえすさんが仕上げてくれたので動画にしようということになり、↑の動画が完成。その動画のためにはスズムラさんがたくさんの人魚の絵を描いてくれたのです。その絵を使いたくて人魚のお話を書こうと思いました。書けたらもっと書きたいです。
私に賛同して人魚のお話を秋さんも書いてくれました🌸
ありがとう秋さん!
くえすさん、いろいろありがとうございました✨
派生させすぎて春弦サビ小説なのかもはや分かりませんが(;´・ω・)