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【短いエッセイ】この珈琲店がある間は。

私は住んでいる町があまり好きではない。
小学4年の終わりに引っ越してきて、結婚後も同じ市内に住んで、もう40年以上になるがあまり好きになれない。
その前に少しだけ住んでいた海辺の町のほうがずっと好きだ。そこは私のふるさとだ。

とにかく今いる町がなんだか好きになれない。
ただ、結婚してから住んでいる地区が少し好きになった時期がある。
近くに行きつけの店が出来たのだ。
オムライスが美味しい洋食屋さん。
夫が若い頃から行っている自家焙煎の珈琲屋さん。
子どもを連れて歩いて行ける小さなスーパー。
すぐにラーメンを出前をしてくれるお蕎麦屋さん。
お寿司屋さん、駄菓子屋さん、焼き肉屋さん。
子どもの名前も覚えてくれていて、笑顔で迎えてくれるお店たち。
私はそういう行きつけの店を持ったことがなかったので嬉しかった。

でももうみんななくなってしまった。
週に数日だけ開く珈琲屋さんにたまに豆を買いに行く。
店内で珈琲は飲めなくなった。と見せかけて、デミカップ一杯ふるまってもらう。
「むすこ君は元気にしてる?」とマスターに声をかけてもらって頷く。
豆を挽いてもらう間の短い時間に大好きな店内を見回す。
いつまでもこのままありますように。
と夢のように心でつぶやいて、少し温かくとても良い匂いの珈琲の包みを抱えてマスターに挨拶をして店を出る。
大丈夫。まだほんの少しこの町を好きでいられる。
この珈琲店がある間は。
でも本当はもう私はどこか他の町に住んでみたいのだ。

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