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凍った星をグラスに。【#シロクマ文芸部】

凍った星をグラスに。
こんな紙が貼られた、小さな袋に入っている白い星型ものはきっと金平糖だ、星のはずがない。でも子供を連れて行った駄菓子屋の隅の薄暗い棚に置かれたその袋はひどく冷たかった。まさか凍った星のはずはない。そう思うのに子供に隠すようにそっと購入してしまった。

子供たちは寝静まった夜、夫は単身赴任でいつもいない夜。
私は一人、しんとした部屋でテーブルの上にグラスを置き、昼間買ったものを取り出した。凍った星、なのだろうか。でもそもそも、星というのは金平糖のような形などしていない。みな丸いはずだ。だからこれは星ではない、と小さくつぶやきながら、そっと指先でつまんでみる。冷たい。そうだ、これはドライアイスみたいな感じの冷たさだ、急いで指から離さなければ。
私は慌てて用意したグラスにそれを落とす。こちり。
それが底に落ちた瞬間にパシッという音とともにグラスは粉々に砕けた。まさか。私は目の前で起こったことに呆然とする。でも辺りは相変わらずしんとしていて、私の驚いた気持ちになんの音も加わらない。しん。
落とした凍った星も同じように粉々にグラスの破片に混じってしまい、もうどれが凍った星かガラスかわからないただのたくさんの透明なかけらをテーブルの上につるした黄色っぽい灯りが照らしている。一つ一つがきらきらきらきら光をのせている。どうしたらいいのだろう。どうするためのものだったのだろう。
私は最初に袋についていた「凍った星をグラスに。」という小さな紙をそっとつまんで目の前にかざす。灯りに透かしてみる。
「入れると何もかも粉々になります」
大人には見えないような、小さな蟻よりも小さな文字が裏側に書いてあった。
「何もかも」
私は声に出してみる。何もかも、粉々に。何もかも。
今、グラス以外にも何か、私の中の何か、夜の空気の中の何か、一人の時間の何か、見えないところの知らない国の何か。いろんなものが何もかも、粉々になったのだ、きっと。
でもいい、子供たちの眠りと優しい夢さえ壊れなければ。と思って立ち上がり、子供たちが眠っている部屋のドアに手をかける。子供たちさえ…思いながら不安になる。子供たちが消えてしまっていたら?粉々になって?記憶のどこかに?
子供たちは眠っていた。
私は何を莫迦なことを考えたのだろう。たかが駄菓子屋で買った金平糖でしょう?グラスがたまたま割れただけ。
私はきらきらした破片を片付けた。空になった小さなクッキー缶にしっかりと封印し、ゴミ箱の底に入れた。
そしてもう忘れることにした。

忘れることにしたけれど、またその駄菓子屋に子供と行った時、薄暗い奥の棚にそっと目をやった。もうそれはなかった。店主…子供相手なのに恐ろしく無口な老人に、それについて訊ねることはやめた。訊ねるための言葉はもう消えてしまったのだから。たくさんの何かと一緒に。

(了)

偶然見つけた小牧幸助さんの企画のお題があまりに素敵なので急いで参加してみました。このような企画への参加は初めてです。
よろしくお願いいたします。

タイトルにはこちらの、かよんさんの素敵な絵をみんなのフォトギャラリーからお借りしました。
もっとこの絵にふさわしいものが書けたらなあと思うような、たくさんの物語と不思議な雰囲気にあふれる絵です。ありがとうございました。


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