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【短編】もし波打ち際に人魚が打ち上げられていたら5

私は遠足の子供たちを連れて海にやってきた。
私の勤務する小学校の一年生の春の遠足は、この砂浜にやってきて砂の造形を作るのが恒例だ。今は一年生は一クラスで30人ほどしかいない。

「りえ先生~人魚がいる~」
落ち着きなくあちこち駆けまわっていた男の子が声をあげる。
え?
人魚?
私はあわてて声のする入り江に走った。
子供たちもみんな走り出す。
副担任のケンジ先生もあわてて走り出す。
小さな入り江には、確かに「人魚」がいた。
人魚のイメージをうらぎらない、可愛らしい若い女の人魚が私たちのほうをみて微笑んでいる。
コスプレをした若い女性なのではないだろうか?ネットでみたことがある。
私は疑って、尾と身体のつなぎ目が見えないか、じろじろと見てみる。
分からない。
「ほんものよ」
人魚は私の心を読んだように、ぱしゃりと尾を振って海面を叩く。
子供たちが「おー」と歓声をあげる。
私の心は決まった。
「はーい、みんな~!
遠足を見に来てくれた人魚さんにごあいさつしましょうね~
人魚さん、こんにちはー」
こんにちはー
こんにちはー
子供たちが元気に叫ぶと人魚もきれいな声で
「こんにちはー」と返してくれた。
「えー、それでは、予定を変更して~
みんなは砂でカメさんを作る予定でしたが~
せっかくなので人魚さんを作りましょう~」
わ~と子供たちはまた歓声をあげる。
「では班ごとに急いで砂を集めましょう!」
わ~とさわぎながら子供たちはバケツを手にちらばっていった。
目線で指示を出してケンジ先生に子供たちの後を追わせ、私は人魚に改めて挨拶をした。
「人魚さん、お騒がせしてすみません」
人魚は女の私が見てもうっとりするような笑顔を見せた。
「いいえ~こちらこそおじゃましたかもしれません~
子供たちかわいいですね!
賑やかなのでつい出てきちゃいました~
砂の造形たのしみです」
「え、完成までそこにいていただけるんですか?」
「ええ、よければ」

私は急いで人魚にみえる場所に造形を作ることを指示した。
子供たちは3つの班に分かれて砂で人魚の形をつくった。
途中でときどき人魚の様子をみにいって、また砂に戻って形を整える。
その合間に、遠足のおやつに持ってきたドロップやビスケットを人魚に差し入れる子もいた。
「わ~どれもすてき~
嬉しい~」
人魚が完成した砂の造形を見て喜んだので、子供たちもとても嬉しそうでほこらしげだった。
「これ、今日のお礼です。
お教室で飼ってあげてください。
で、また次に遠足にくるときに海に返してください」
人魚はケンジ先生に何かを渡した。
顔を赤くして人魚に近づきそれを受け取ったケンジ先生の手には、桜色の貝を家にしたヤドカリがモゾモゾしていた。
子供たちが集まってのぞきこむ。
「ありがとうございます」
私が深々とさげた頭を上げた時にはもう人魚はいなかった。
子供たちは海に向かって
「さようなら~」
「人魚さんさようなら~」
と手を振っていた。

翌日から教室に小さな水槽がおかれ「さくらちゃん」と名付けられたやどかりが子供たちに大切に世話されている。
ときおりそこから、波音のような歌声のような優しいかすかな何かが聞こえてきて、子供たちはいつも落ち着いて授業を受けている。
そして子供たちは自分たちで話し合って、遠足で人魚にあったことを、誰にも話さずに自分たちだけの秘密にしている。
もちろん私もケンジ先生も。

(了)

なんとなくまだ思いつくので人魚の話を続けます…



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