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短編 ” 紅葉仙人 ”【シロクマ文芸部】
紅葉から仙人が舞い降りて私の肩に乗った。
紅葉に乗っていたくらいなので小さい。
私にはすぐそれが「仙人」だと分かった。
なにしろ私の愛読書は「列仙伝」だ。仙人が大好きなのだ。
でも本物の仙人を見たのは初めてだ。感激だ。
「あなたは仙人様ですか?」
私は嬉しくてたまらなくて笑顔で自分の肩に乗っている小さな人に問うた。曲げすぎてちょっと首が痛い。首が固いのだ。つりそうだ。
「紅葉仙人じゃ」
(「じゃ」って言った!)
私は有頂天になった。
「紅葉仙人様!お会いできて光栄です!
ちょっとあの、写真撮って良いですか?
絶対にSNSにアップしたりしないので」
「いいじゃろう」
紅葉仙人は鷹揚に頷いた。
「ありがとうございます!!
じゃ、ちょっと移動して頂けますか?
写しやすいようにこのベンチの上に」
私は肩を揺らさないようにそおっとかがんで、横にある木製の古びた公園ベンチの上にハンカチを敷いた。
良かった。今日はアイロンをしたきれいなハンカチをポケットに入れていた。ミモザの柄のハンカチだ。ちょっと黄色すぎて仙人様には似合わないかもしれない。でも薄汚れたベンチに紅葉仙人様に直に乗って頂くわけにはいかない。
私のその気配りは紅葉仙人にも気に入られたようだった。
紅葉仙人は機嫌のよい雰囲気でふわりと肩からミモザハンカチの上に降りた。さすが仙人だ。紅葉に乗っていてもいなくても、空中を自在に飛べるのだ。
「ありがとうございます。
じゃ、写しまーす!はい、チーズ!」
仙人に通じそうもない掛け声でスマホで写したが、仙人様は何でもお見通しなのだろう。凛々しいポーズと笑顔を作ってくださった。
「ちょっと紅葉飾りまーす!」
私は舞い落ちている紅葉の中からなるべくきれいな赤いものを何枚か拾い上げて仙人の足元に置いた。そしてまた写した。
「あのぅ。大変恐縮ですがツーショットも良いですか?」
「うむ」
私はしゃがみこんで体を捻じ曲げて、なんとかベンチの仙人の横に自分の顔を持って行き、自撮りモードでツーショット写真を撮った。ああ嬉しい!私の顔が巨大だろうけど、かまいやしない。
嬉しさのあまり仙人の横に座り、スマホで写り具合をチェックする。紅葉仙人ものぞき込む。
「うむ、上手く撮れたのぅ」「はいっ!とてもうまく!ありがとうございます!そうだ、お礼に…」
私は斜め掛けしていた散歩用サコッシュの中をごそごそ探った。今日は妹の金沢旅行土産の和三盆を使った”ほろほろクッキー”を持っている。あれなら小さいし高級だし、仙人様にぴったりなお菓子だ。
「どうぞ。お口にあえばいいのですが」
私はクッキーを包む薄紙を広げて紅葉仙人の前に差し出した。
仙人は優雅な手つきでクッキーを持ち、一口齧った。
「旨い!食べたことのない旨さじゃ!」
「良かったです!全部どうぞ!」
私は小さなクッキーの包みを五つほど渡すと仙人は袂にしまい、礼を言った。
「ありがとうありがとう。
そうじゃ、美味しい菓子の礼に、この紅葉に力を授けよう」
仙人は私がさっきベンチに乗せた紅葉に何やら呪文のようなものを唱え、よいしょ、と持ち上げると(仙人にはものすごく大きいので)、それを私に渡した。
「今夜、これを満月にかざして乗るが良い。では」
そういうと私がお礼を言う暇もなく、紅葉仙人はするっと紅葉の木のほうに消えていった。
しばらく私はぼんやりと仙人が消えた辺りを見ていたが、ハッとして、スマホを見た。さっき一緒に撮った写真はしっかり残っていた。でも紅葉仙人が消えた今みると、なんだか嘘っぽく合成かAI生成のように見えた。でもいいのだ。私は本物だと知っているし、人に見せたりしないから。
私は渡された紅葉を大切にミモザハンカチにくるんでサコッシュにしまい、家に帰った。
真夜中、私は一人こっそり紅葉に乗って、仙人のように夜空の散歩を楽しんだ。
ベランダで満月に紅葉をかざすと私は紅葉に乗れるほど小さくなり、紅葉は空飛ぶ絨毯のようにしっかりと私を乗せて空を一周した。その後、家に戻ると、私は元の大きさにぎゅんと戻り、紅葉はひらっと足元に落ちて、もう何の力も持たないただの紅葉になった。
私はそれを列仙伝にはさんでずっと大切にした。
(了)
小牧幸助さんの企画に参加します