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子猫になってヒメジョオンの野原へ(しゅんしゅんぽん)

『月見草この薄紅と猫告げる』
~桃色月見草の魔法~

子猫になってしまいたい。そんなことを思う日はありませんか?
わたしはあります。子猫になりたい。そしてどこかへ行ってしまいたい。でもきっと子猫というのは小さくて弱くて、生きていくのに困難の多い生き物でしょう。カラスに襲われたり車にひかれたり病気や空腹で倒れたり死んでしまったりするでしょう。
それでもこんな50代のこわばった人間の身体を捨てて、小さくてかわいくて柔らかい生き物になって、小さな花の咲く野原を歩いてみたい気持ちになってしまいます。そして木漏れ日の下のベンチで昼寝をしてみたいのです。50代の人間の女性はそんなことはできません。ただベンチになるべく姿勢よく座りせいぜい本を読むだけです。

「あなたの願いを叶えてあげる」
ベンチの足元でピンクの月見草が本を読むわたしに告げました。
「今日の月は桃色だから、あなたの願いをかなえてあげる」と。
そういわれて空をみるとほんとうに今日の昼の月はすこしピンクがかかっていました。いつもの昼の月は真っ白です。こんな色の付いた昼の月は初めて見ました。目がおかしいのかしら?目をこすってみますがやはり月はうすいピンクです。
わたしが月を見て、また月見草を見たときにはもう、わたしはベンチの上の子猫でした。真っ白い子猫。伸びをしてみます。身体がなんてやわらかく伸びることでしょう。嬉しくなってベンチから下に飛び下りてみました。音もなく草の上に降り立ちました。
ちょうど月見草の前でしたのでお礼を言いました。
にゃ、にゃにゃ。
月見草さん、夢を叶えてくれてありがとう。
「30分ほどであの月が白くなると、もとに戻るから気を付けて。それまでに、ここに戻ってきて」
にゃにゃにゃ。
分かりました!でも…
にゃ?
そのまま猫でいたくなったら?
そのときは戻らずにこの野原にずっと…
わたしは月見草におじぎするとヒメジョオンの野原を駆けていきました。

土の上を素足で駆けることができるなんて。土と陽と草の匂い。頭の上にはヒメジョオンが揺れている。からだじゅうで風を感じる。
ヒメジョオン占拠す公園猫ひとり
今この公園は、ヒメジョオンの野原は、わたし一人のもの。いや、一猫のもの。わたしはうれしくなって駆け続ける。
心の奥から声がする。
どうする?このままでいいんじゃないの?月が白くなっても戻らずに。
走りながら考える。
そうかもしれない。このまま走って、公園の向こうのあの家へ。
優しい人が今も一人で住んでいるあの家へ。
え?
そんなことを思う自分にびっくりする。
でもそうだ、そうしよう。
何年も訪ねていないあの家に子猫の姿で駆けて行こう。
もしかしたらあの人が飼ってくれるかもしれないから。
もうこのまま猫になろう。

立ち止まって空を見上げる。良いかたちの白い雲がぽこぽこ浮かんでいる。雲のように丸くなってみる。すぐに眠くなってしまう。さすが猫だ。
こんにちは。
眠るわたしの耳元で小さな声がする。子猫だ。白い私と違って、茶トラのかわいい子。
こんにちは。
わたしは挨拶して立ち上がる。猫らしく、ふんふんと鼻先をつけて挨拶をする。
いっしょにあそぼう。
その子がいうので、頷いてじゃれあいながら走る。
仲間がいるのも楽しいなぁ。ひらひら飛んでいる黄色い蝶にむかっていっしょにジャンプする。もっと!もっと!空に向かってジャンプする。ヒメジョオンより高く。あの雲まで。あの月まで。

わたしは知らなかった。
この野原に小さな池があることを。
水辺で羽を広げていた鵜が、ぐわ、と獣のような声でうなる。
池に落ちそうになった茶トラが必死にふちにつかまっている。
小さな池だけれど、子猫が落ちたら助かりそうもない。
わたしは空をみる。月の桃色はずいぶん薄れ、もうすぐ白くなりそうだ。
わたしは全速力で月見草のあるベンチに走った。

「元に戻るのですね」
月見草がささやいたと思うとわたしはもう50代の人間の女性に戻っていました。月見草に何かいう間もなくさっきの池に向かって走りました。
そして水に落ちる寸前の茶トラの子猫をすくいあげ、腕に抱きかかえました。
「もう大丈夫だからね」
すこし震えている子猫はわたしを見上げ、誰かすぐに分かったという顔をしました。わたしもうなずいてみせ、頭をなでてやりました。
「一緒にうちに行きましょう」
わたしは腕の中の温かくやわらかい子猫の感触に幸せで胸がいっぱいになりながら、公園の向こうにあるはずの、さっき向かおうと思っていた家のほうを一瞥し、でもその一瞥でもう忘れ去り、急いで帰路につきました。
池からは鵜が空へ飛び立っていきました。

静けさと水面跳び蹴り河鵜発つ』

鵜は空を飛びながら下を見下ろしてつぶやいていました。
ああ、あの家は空き家になってしまった、と。
でもこれで良かったのだ、と。


 了


*かよんさんの旬杯参加俳句より、ぽんさせていただきました。
かよんさんの句と絵を見てとっても物語が作りたくなりました。
かよんさん、素敵な絵を使わせていただくご許可をくださってありがとうございました。
イメージを崩していないと良いのですが。





しろくまきりんさんに「しゅんしゅんぽんのぽん」でポスター作って頂きました。
ありがとうございます~✨


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