みずたまり変奏曲・赤 ミモザxほこbコラボ小説 with 菊
歩行者bさん「第三話 みずたまり変奏曲・青」より。完結編です。
第四話 みずたまり変奏曲・赤
水たまりの中から時計を拾い上げてから、私の中のリズムが良くなった。何かが規則正しくなって、水に嫌な感じがしなくなったことに気がついた。
時計に耳を寄せると落ち着く。
今までの私は何かリズムがくるっていたのかな?いつから?
ガラスの器に盛られたサクランボを食べながら考える。
今までも繰り返し思い出そうとしたけど思い出せなかったきっかけは?
「あ!」
時計とサクランボを見つめていたら、あの出来事がふっとよみがえった。
幼稚園に通っていた頃の雨上がりのある日、サクランボ色のワンピースを着た私は、ママと一緒におじいちゃんの会社に行った。
スイミングの帰りで少し髪が濡れていた。
ママが会社の中でおじいちゃんと話をしている間、私は煉瓦の倉庫の横で待つことにした。いつもそうしているから、ママも「倉庫の横で遊んでて」と言った。
私は一人で走っていった。倉庫の前にはその頃も大きな水たまりがあった。いつもは閉まっている扉が開いているのに気がつき、私は水たまりをばしゃっと踏みつけてワンピースを汚しながら倉庫へと駆け込んだ。
薄暗くひんやりした倉庫の中には、使われなくなったものが置かれていた。古い机やイベント用の看板、なんだか分からない古い機械などが埃をかぶっていた。
その倉庫の中で、大きな柱時計だけが動いていた。大きな立派な時計で金色の振り子が揺れている。私はそれをじっと眺めた。
しばらくするとカチリ、と音がして、三時になった。
ぼーん、ぼーん…深い海の底に響くような音がする。私はその音が少し怖くて手で耳をふさぐ。
ぼーん、ぼーん、ぼーん、ぼーん…
音は三回で終わらず、鳴り続ける。
ぼーん、ぼーん…
私はうずくまった。
ピチョン。
うずくまった私の頭に水滴が落ちてきた。
音はまだ続いている。
ぼーん、ぼーん…
ピチョン。
空気が歪んでいき息が苦しくなった。ああ、きっとここはプールの底だ、くるしい。ママ助けて!
「菫!」
ママに呼ばれてハッとした。
「どうしたの?」
ママが私の顔を見つめている。
「時計の音が…時計が…」
「時計?」
「時計の音が止まらない」
私は泣きながら言った。
ママは私の涙を指でぬぐいながら言った。
「夢をみたのね。こんなところで寝てしまって」
私は古い革張りのソファの上にいた。
「ママが子供の頃からあの時計は止まってるの。
鳴ってるのなんて聞いたことない」
私はママにしがみつき、恐る恐る時計のほうを見る。
さっきの時計と違う。金の振り子は黒くくすみ、全体にほこりをかぶって止まっていた。
ピチョンと水が落ちる。
ママが怪訝な顔で天井を見上げた。
グレーの配管が迷路のように見える。
「どうしてあんなところに水道菅が通っているのかしら…」
あの日以来、倉庫の扉が開いているのを見たことはない。
私は倉庫の中に入ったことが一度もないと思っていた。
あまりに怖かったので忘れていたのだ。
そしてあれ以来、水が苦手になったのだ。
でも思い出しても、それは本当のことに思えなかった。
私は一人で煉瓦倉庫に行ってみようと紺色のワンピースを着た。そういえばあれ以来、赤いワンピースを着ていなかった。自然に避けていた。
今日も煉瓦の倉庫は閉まっている。
私はいつものように水たまりをのぞきこむ。
太陽が映りこみ、眩しくて目を閉じる。
パン!
手を叩く音がして目を開くと、彼が見えた。
「りくやくん?」
私は水たまりの中に声をかける。向こうでも何か言っている。聞こえない。手を振ってみる。
彼はもどかしそうだったが、思いついたように手首を示した。
ああそうだ、時計!
私はポーチから腕時計を取り出して彼に見せる。彼は嬉しそうな笑顔になった。
その時、彼の背後の空に虹が見えた。くっきり七色の光る虹。見たことのないほど美しい虹。
「虹!」
私は彼に知らせたくて虹を指さした。
虹は水たまりの中にある。
勢いあまって私は水たまりに突っ込んでしまった。
「大丈夫?」
しりもちをついた私に彼が手を貸してくれる。
「ありがとう」
私は恥ずかしい気持ちもなく自然にその手をとり、引っぱりあげてもらう。不思議に服のどこも濡れていない。
彼の背後には、あの大きなクスノキがある。
「はい」
私は反対の手ににぎりしめていた時計を手渡す。
「ありがとう」
りくや君は大切そうに受け取った。
それから二人は水たまりをのぞいて黙り込む。
クスノキも煉瓦の建物も映っていない。
そこにはただ青空と、くっきりとした光る虹が映っていた。
(了)
🌈エンディングに菊さんの曲をお聞きください🌈
【 菊さんとのコラボについて 】
音楽イベント「春とギター」の、あのとびきりカッコいいラップの曲で菊さんを知りました。
それで菊さんのところに行ってみましたが、菊さんのアイコンにしていた絵がものすごく好きで、ついコラボをお願いしてしまいました。
菊さんは快く、インスト曲をまとめて提示してくれました。
最初は曲に合わせて自作を朗読しようかと考えていたのですが、だんだん考えがまとまらなくなり、焦る日々を過ごしていました。
快く承知してもらえたけれど、菊さんの素晴らしい音楽にコラボを頼むのは身の程知らずだったと反省する日々でした💦
やっと、菊さんの「てるてる坊主銀河」を使いたいというところで気持ちが固まりました。
そんな中、過去にもコラボして物語を書いたことのある歩行者bさんと、ファンタジーでコラボしたいねという話になりました。
話し合う中で、水たまりをはさんで、男の子サイド、女の子サイド、とそれぞれ受け持って書いてみようということになり、使いたかった菊さんの「てるてる坊主銀河」がエンディングに合う!と感じ、各話にも私が選んだ菊さんの曲を合わさせて頂く形で、菊さんとのコラボも実現しようと決めました。
歩行者bさんのお力を借りつつ、なんとか菊さんとのコラボを実現できてホッとしましたが、菊さんの音楽を生かせる力が私には不足だったことをお詫びします_(._.)_
でも「音楽と物語」というコラボを実現できてとても嬉しいです。
菊さん、ありがとうございました✨
力を貸してくださった歩行者bさん、ありがとうございました✨
お読みくださった皆さん、ありがとうございました🌈
第一話 黒
第二話 白
第三話 青
歩行者bさん