みずたまり変奏曲・白 ミモザxほこbコラボ小説 with 菊
歩行者bさん「第一話 みずたまり変奏曲・黒」より続いてます。
二人で代わる代わる書き、全四話完結です。
各話に菊𝕜𝕚𝕜𝕦さんの音楽を添えさせて頂いてます。
音楽もお楽しみください✨
第二話 みずたまり変奏曲・白
水たまりが好きだ。水たまりをのぞくのが好きだ。
そこに映る空が好きだ。白い雲が好きだ。
いつも見上げている空と違う、不思議で懐かしい色をした水たまりの中の空。
なぜ懐かしく思えるのだろう。
今いる世界が居心地が悪いからだろうか。
家にいても学校にいても町を歩いていても私は居心地が悪い。
いつでもどこでも体にも心もなじまない気がする。原因は分かっている。水が合わないのだ。
水が合わないってほんとうに水が合わないのだ。
いつからだろう。家でも学校でも水道の水は飲めない。手を洗うのも少し気持ち悪い。
井戸水は大丈夫。ほっとする。私があまりにも水道水が苦手なので、親は家を建てるときに井戸水を掘りあげてくれた。その地区はそんな家が多かった。手動ではない。モーターで普通の水道のように使えるのだ。
でもママがパパにヒソヒソ言ったのが聞えた。
「ほんとうに菫は面倒な子ねぇ」
なんで私はこんなに面倒なんだろう。私の前世はすぐ死んでしまうお祭りの金魚だったのだ、きっと。
めんどくさい自分を自分で非難し続け持て余す。
だれか教えて。私がどんな水とも仲良くなれる方法を。
水たまりをのぞいた後、しばらく指先を水にひたす。
空から落ちてきた水。
これで大丈夫。
何が?何が大丈夫なんだろう…
今日は、とびきりの”水たまり日和”だ。
学校の帰り道、お気に入りの水たまりに寄り道する。
そこは昔、私のおじいちゃんが経営していた(もう廃業した)古い小さな会社の裏の煉瓦造りの倉庫の前。
長年の車の行き来で凹んだアスファルトに、いつも大きな水たまりが出来る。
やっぱり。今日も素敵な水たまりが出来ている。
駆け寄った私はまだ新しい中学の制服のスカートをぬらさないように用心深くしゃがみこんだ。セーラー服の白いリボンが揺れる。それも濡らさないように手で押さえる。
水たまりの中の空をのぞきこむ。自分の顔は見ないように、空だけ、空だけ…
なぜ?
水たまりの中いっぱいにクスノキが揺れている。クスノキが揺れるザワザワという音もかすかに聞こえた気がした。
私は振り返る。クスノキなんて、ない。
もう一度水たまりをのぞく。
澄んだその水の中に私は”時計”を見つけた。
え?時計?さっきまでそんなものなかった。
私はあわててその時計を水たまりから拾い上げる。
ハンカチを出して丁寧に拭く。
そして水面をもう一度のぞくと、そこに知らない男子生徒のおどろいた顔がみえた。
驚いて後ろに誰かいるのかと振り向いて、いないことを確認してもう一度水たまりを見直すと、そこにはもう顔はなかった。
懐かしい空のかけらと、クスノキが映っていた。
でも風が吹いて水面が揺れるとそれらも消えていった。
私は手の中の時計をみる。
真新しい腕時計。
秒針が動いている。なんとなくほっとする。
午後三時。今の時間だ。
私は時計の裏側を見てみる。
名前が刻まれている。
「RIKUYA」
水たまりに映った男の子の名前だろうか。
「りくや…」
私はつぶやいて、ぼんやりと時計の針を見続けたが、足のしびれに我慢が出来なくなって立ち上がった。
(この時計はきっとRIKUYAさんの大切なものだ。返せるときまで大切に持ち歩こう。だっていつ突然返すチャンスがあるか分からないもの)
時計は予備のハンカチにていねいに包んで鞄にしまった。
水たまりの中に一瞬見えただけの彼にまた会えるという確信があった。
ずっと見つめていたので、時計をカバンに入れてもコチコチと針が刻む音が私の中で続いていた。それは軽やかで、私の足取りを雨上がりの空のように軽くした。
つづく
菊さんの部屋👇
歩行者bさんの部屋👇