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まどろむ日傘【コラボ短編】

✨歩行者bさんの俳句からできたお話です

「仁和寺の駅のベンチに寝る日傘」

 * * * * * * *

どこかでカナカナが鳴いた

それで一瞬だけ、すうっと涼しい気がするが

今日も猛暑の一日だった

駅の構内にも線路の上にも熱い空気がよどんでいる

そのよどみの中に

何かよどみのないものを感じた

なんだろう?

僕はそれをみつけようとして

ゆっくりと周りに視線を送る

あれだ、あの白いレースの日傘だ

長い木製のベンチの上でまどろんでいる

いや、まどろんでなどいない

ただの誰かの忘れ物だ

ベンチに置き忘れられた日傘だ

持ち主だけが電車に乗って行ってしまったのだ

でもなんだか気持ちよく眠っているように見える

日向で一日じゅう身体を張って働き続け

疲れ果てたのだろう

日陰で横になっているうちに

つい眠ってしまったのだ

そんな労りの気持ちが自然に浮かんできて

僕はその日傘をみるともなしに見ていた

電車はこない

人もいない

僕と日傘だけの無人駅の

何かが非日常に思えるほんのひととき

またカナカナが鳴く

カナカナカナカナ…

カナカナカナ…

小波のように

そよかぜのように

駅を通り抜けていく

そのかすかな空気の震えに横たえた身体をはっと起こし

白いレースのワンピースを着た少女が立ち上がる

華奢なサンダルの足元がかすかにぐらつくのを

ぐっとこらえ

風とともに音もなく入ってきた電車の

音もなく開いた扉の中に吸い込まれるように

風圧で吸い込まれるハンカチのように

あっというまに乗り込んで

また音もなくしまった扉の向こうの人になり

電車は音もなくアナウンスもなく去っていった

呆然と見ていた僕は

あれは僕の乗ろうと思っていた電車だろうかとぼんやりと考える

いや、きっと違うだろう

もし僕が乗っていたら

あの白いワンピースの少女と一緒に

たなびく長い髪に誘われるようにして

見てもいないかすかな微笑みに魅せられて

音のないあの電車に乗りこんだとしたら僕は…

またカナカナが鳴く

あの、カナカナの世界に行ってしまっただろう

轟轟と音を立てて電車が入ってくる

アナウンスが鳴り響く

「黄色い線の内側にお下がりください」
「お下がりください」

僕は大きく後ろへ下がる。

後ろの人にぶつかりそうになる。

いつのまにか構内にはある程度の人数がいた

そのみんなが電車に乗り込む

電車の中は冷房でひやりと冷えている

ドアが閉まる

僕は電車の中の人となり駅を見送る

ベンチにはもう何も乗っていない

誰も座ってもいない

(了)

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