短編”今日は素敵な日曜日”【青ブラ文学部】
秋の日曜日の午後、僕はどの店も閉まっている商店街を歩いていて、細い路地を見つけた。迷わずそこに曲がってみる。
もしも路地に店があったら必ず入る。たまに、おでん屋や駄菓子屋などがある。が、その路地には店はなかった。たくさんの花の鉢を並べた民家が何軒か並び、白猫が一匹僕を追い越して歩いて行った。
僕は白猫に付いて行った。猫は路地を抜けた突き当りの神社に入っていった。小さいけれど手入はされているので地元の人たちが大切にしている神社なのだろう。僕は猫に続いて赤い古びた鳥居を、少し頭を下げてからくぐる。
にゃあ。
猫は可愛らしい声を出すと、境内のベンチに座っている少女の膝に飛び乗った。茶色のワンピースを着て、長い髪にも茶色のリボンを結んだ、葉っぱみたいな子だ。
「いいこね…」
少女は優しく白猫を撫でてやる。
そして猫について神社に入ってきた僕を見る。きれいな顔立ちだ。大きな目でじっと見られて僕は居心地悪くなり、こんにちは、と言ってみる。
「こんにちは」
少女も挨拶を返すがまだ僕のことをじっと見ている。どうしていいか分からない。
「ええと…」
何を言えばいいか分からない。
「なにか、”魔法の言葉”を持っていますか?」
少女が僕に言う。
「魔法?いや…」
僕は首を振る。僕はそこらを歩くこと以外、休日にすることもない、ただの会社員だ。仕事だって出来ない。スポーツだってダメだ。趣味もない。そう、例えば楽器も何も出来ない。何も…
「私はここで会った人に魔法の言葉を教えてもらって、それをこの猫に教えてあげるの」
「へええ…」
それ以外、何と言って良いか分からない。口下手な僕だけど、今日は特に何を言って良いか分からないことばかりだ。
「それじゃあ私があなたに”魔法の言葉”を教えてあげましょう」
少女はおごそかにそういうと、大きな目に力を入れたのが分かった。
「今日は素敵な日曜日」
少女はそういうとおもむろに立ち上がり、猫はしゅたっと膝から飛び降りた。
「今日は素敵な日曜日♫
今日は素敵な日曜日♫」
きれいな声で歌うように繰り返しながら、少女と白猫は行ってしまった。
「今日は、素敵な、日曜日」
一人残された僕は、誰にも聞こえないようにつぶやいてみる。
空を見上げてみる。
素敵な日曜日に思えてきた。
「今日は素敵な日曜日、今日は素敵な日曜日…」
心の中でつぶやきながら神社を出る。
あ、別の路地がある。今度はあそこを通ってみよう。
どうやら喫茶店がありそうだ。小さな木の看板がある。
閉まっている商店街、路地、おかしな少女、白猫、初めていく喫茶店…
そうだ、今日は素敵な日曜日だ。
(了)
山根あきらさんの企画に参加します✨