短編 ” 北風とドーナツ”【シロクマ文芸部】
北風とドーナツ♫
歌いながら歩く。
北風が髪を揺らす。
手にはさっき揚げたドーナツが入った紙袋の入ったカゴ。
ほんの少し、シナモンが香ってくる。
さあ早く。
冷めないうちに。
急いで急いで。
北風が背中を押してくれる。
道に栗鼠が倒れている。
「お願いです。ドーナツを分けてください」
しゃがみこんだ私にそう言う。
「いやよ」
私は栗鼠をカゴに入れてまた歩き出す。
テントウムシが落ちている。
「ドーナツが食べたい。ちょうだい」
「いやよ」
私はテントウムシもつまんでカゴに入れる。
手袋が片方落ちている。
真っ赤なふわふわした手袋。
私は拾ってカゴに入れる。
ああ遅くなっちゃった。
急いで急いで急いで…
コンコン♫
彼の家のドアを叩く。
カチャ。
「待ってたよ」
北風と一緒に彼の家にびゅ~と吹き込まれる。
彼の腕の中に吹き込まれる。
暖かい部屋の中のふかふかのソファに座らされて
目の前の低いテーブルにカゴを置く。
彼がコーヒーを運んできてくれる。
私は紙袋がまだ温かいか確かめる。
あたたかい。
「お皿ちょうだい!」
彼が持ってきた木の皿にドーナツを置く。
シナモンの香りと砂糖が皿にこぼれる。
皿の横で栗鼠が待っている。
赤い手袋の上でテントウムシが眠っている。
私は彼とドーナツを食べ、コーヒーを飲む。
こぼれたかけらを栗鼠が食べる。
北風とドーナツ♫
私はまた小声で歌う。
「おいしいドーナツをありがとう」
そういう彼の笑顔をみて私もにっこりする。
北風よ、さようなら。
今日はもう、この家から出ないから。
彼と栗鼠とテントウムシと片方の手袋。
北風さんだけ、さようなら。
さようなら。
(了)
小牧幸助さんの企画に参加します