ウシガエルの鳴き声の玉
その公園は一周1㌔の大きさの池のある公園でこの7月は7匹のウシガエルが住んでいる。
それぞれちょっと離れた場所で、ボウボウ、ボウボウ、と鳴いている。
それは公園を歩く人みんな知っている。まあ7匹ということは知らないかもしれない。何匹かいるだろうとは知っているはずだ。
その公園は夜の9時まではぐるり周る道に沿って外灯が照らしていて明るい。しかし9時にその明るい外灯が消えてしまうと、薄暗い灯りだけになってしまい、一気に気味の悪い物騒な雰囲気の場所になる。なので9時になるとウォーキングする人もランニングする人も犬の散歩の人もその犬もほとんどいなくなってしまう。
その夜そんな9時過ぎの公園に残されたのは規則に違反して公園の奥でスケボーの練習をしていた若者たちだった。彼らは規則に違反してそこまで自転車で乗り付けていた。しかし歩く大人たちはそんな若者を、まあいいよね、若い子はちょっとくらいやんちゃしてスケボーくらいするよね、と温かく見逃して誰も警察に通報したりはしなかった。
でも誰か、9時過ぎのウシガエルのことを教えてあげるべきだった。それは知っておいた方が良かった。知らずに9時過ぎまであの場所にいるなんてありえない。彼らもほんとはなんとなく虫の知らせ的な居心地の悪さから、9時までには公園をでようと思っていたはずだ。でも虫の知らせにおとなしくしたがうなんて規則を破る若者にしてはずいぶんカッコ悪いような気がしたのだろう。彼らは居心地の悪さに耐え、カッコいい音楽なんか流しながら、カタン、カタン、とスケボーの練習をしていた。おまけに今夜は学校で一番かわいい女子二人が見学にきていたのだ。虫の知らせなんて気にしている場合ではない。
だがあいにくその晩はよりによって7月6日、サラダ記念日の夜だった。サラダ記念日の夜にはウシガエルたちの鳴き比べがおこなわれると、「サラダ記念日」が発売されたころからの長年の習わしだった。サラダ記念日が関係あるかないかははっきりしないけれど、とにかくその日の夜はウシガエルたちが鳴き比べをし、池のあちこちからウシガエルの声が、人玉のように白く丸く、鳴き声の大きさによってぷわぷわと浮き上がってくるのだった。大きな玉をたくさん吐いたものがこの夏のこの池のウシガエルの王様だ。
もちろん若者はそんなことを知らなくて当然だ。だれかサラダ記念日が何か知っている大人が教えてあげるべきことなのだから。
カッコいい音楽が突然止まり、スケボーをふと降りたとき、彼らは公園のあちこちから鳴り響く、ボウ~ボウ~と闇を揺らす大きな音と、そこここに浮かぶ白い大きな風船のようなものを見た。
はっ、と凍り付いた彼らはすぐカラ元気を取り出して、あんなのウシガエルが鳴いてるだけだ、と言う。
じゃああれは?あの白い大きな玉みたいな…人魂みたいな…可愛い女の子が指さす。あれは…あれは…あれはなんだろう。
若者たちはもう何も言わず慌てて持ち物を片付けて自転車で走り去った。ふわふわした白いものが近づいてくる。うわーといいながら必死に自転車をこいで公園を出て行った。
彼らがいなくなったあと、大きな網をもって白い玉をすくいとりながら、二人連れの中年女性が笑う。
「逃げなければよかったのにねえ」「ねえ」「つかまえれば願いを叶えてもらえるのにねえ」「そうよ、7つ集めればね」「あと3つね」
中年女性二人は、お祭りで売っている綿菓子のように大きなビニール袋にいれた白い玉をいくつもぶらさげて、ウシガエルのなく場所を順番に、懐中電灯で照らしながら歩いているのだった。
願い事はお互いにナイショだ。話したら叶わなくなるのだから。
集めたら急いで池の真ん中にある弁天様に持って行くのだ。そこも真っ暗だけど二人連れの中年女性に怖いものはないのだった。