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【短編】すずらんと木馬と私【うたすと2参加】


ーこの歌を歌えるようになれば、すずらんの呪縛が解ける。
悲しみから自由になれる。白い木馬に乗って行こう。月の空まで。


(1,719 文字)

すずらん祭りの夜。
町にはすずらんのブーケを持った女の子があふれている。すずらんの香りがあふれ、喜びのさざめきが満ちている。
おめかしして、ふわっとした白いワンピースを着た私はそんな人混みからそっと離れた。
あの人が私にすずらんをくれるって言ったのは約束だと思っていた。違った。約束じゃなかったから忘れられた。
他のにあげたのかもしれない。
ブーケ・デュ・ミュゲ
すずらんのブーケを持たない私は一人帰路につく。

自分が悪いと思うと我慢は楽だ。
約束と勘違いして楽しみにしてた私が悪い。
そう思って涙を我慢して歩く。

もう何も期待しない。
期待しない期待しない期待しない…
これは呪文。
悲しくならないための呪文。
涙をこぼさないための呪文。

期待しない私になれれば失望も悲しみもなくなる。
楽しみにするという楽しみがなくなるだけ。
何も困らない。困らない。

大きな月が白く照らす春の夜道を俯いて進む。
寂しそうな自分の影を連れて歩いていると、
どこからか歌が聴こえてきた。
誰かが歌う、きれいな歌。すずらんの歌。
ブーケ・デュ・ミュゲ

ーやめて!すずらんはもういらない。

ふいに月が雲に隠れて、さらさらとした雨が降り出した。
花束は持っていないのに傘は持っているなんて。
自嘲しながら急いで傘をさした私に誰かが問いかける。
ーほんとうに?あんなに欲しかったのに?
ーもういいの。放っておいて。
私は傘を深くして隠れる。歌から。声から。雨から。
私は自分を守る呪文を唱える。
ー期待しない期待しない期待しない。

「私には?」
花模様の白い木馬が鼻先で私の傘をめくって問いかける。
「私に期待してよ。私に乗れば楽しいわ」
私は雨に濡れた木馬の、黒々と塗られた大きな瞳をじっと見る。
何もない。期待も嘘も約束も夢も星影も雨の輝きも何も映っていない。私の心と同じくらい真っ暗な、のっぺらな黒い瞳。
私はその黒に惹かれた。心が凪いでゆく。
「ありがとう。乗せて」
私は傘を捨てて花模様の木馬に乗った。
雨に濡れるのが気持ちよかった。
そうだ、こんなふうに雨に濡れてしまいたかった。
目を閉じて顔を夜空に向ける。
優しい星が見えた。

雨はみ、ぽっかりと光に包まれた広場に辿りついた。
星を集めてきらめいているのはメリーゴーランド。
木馬は私を乗せたまま自分の定位置につく。
桃色・月色・空色の木馬、飾り立てた馬車、ときにおしゃれな豚が輪になって並んでいる。人は誰もいない。
あのすずらんの歌が聞こえる。
ブーケ・デュ・ミュゲ
「歌って」
木馬が私に命じる。
「あなたが歌わないと回らないの。さあ」
「無理、歌なんて」
「いいから歌うのよ、あの歌を」
白い木馬は詩を読むように私に説く。
「歌えば胸に消えないすずらんの花が咲き
 美しい湖のように人生に期待が満ちる」
馬はささやく。
「自分を信じて自分に期待して。
 私はあなたを信じてる。
 私はあなた・あなたは私」
私は木馬を見る。
黒い目。何も映っていない目。私の目。あなたは私。私はあなた。
私は木馬の体躯を見る。しっかりした白い胴体に描かれた白い花模様。一面のすずらん。揺れるスズラン。ああ…。
私は木馬にしがみつく。
「あなたが歌えるのを私は知っている。あなたは歌えるわ、あの歌を」
私は聞こえてくる音楽を口ずさんでみる。難しいけど繰り返し口ずさむ。美しいすずらんの歌。
ブーケ・デュ・ミュゲ

メリーゴーランドがかすかに動き始める。
私の木馬がほんの少し上がる。
「がんばって。歌えてる」
私は目を閉じ、すずらんを思い浮かべる。
ブーケ・デュ・ミュゲ
すずらんを抱えた私。胸の中の野原いっぱいに咲くすずらん。
私の髪を、私のすずらんを、夜風が揺らす。

私は歌い続ける。
メリーゴーランドは回り続ける。
木馬が上下してすずらんが香る。
白い星が夜空で揺れて白銀しろがねの光を降らす。
降った光はそのまま落ちてすずらんの花になる。
すずらんの野原で夜通し回るメリーゴーランド。
夜が明けたら私は、歌いながら踊りながら行こう。
期待に満ちた心を弾ませて。

ブーケ・デュ・ミュゲ
ブーケ・デュ・ミュゲ

(了)


1,719 文字

 *アカペラで歌ってみました

《追記》私がアカペラで歌ったものを作曲のPJさんがミックスして動画にまでしてくださいました✨PJさん、ありがとうございます✨

《追記》記事にして紹介してくださいました✨


「うたすと2」に参加させて頂きました。
参加しないつもりでいたのに、曲があまりにも素敵だったので参加せずにはいられませんでした。
そして、少し落ち込んでいた自分のために書き、自分のために歌いました。PJさんが用意してくれたカラオケに合わせるのが無理で、伴奏無しで歌い、音も外れました💦 難しかったです(-_-;)
それでも心に消えないすずらんを受け取りました。
青豆ノノさん、PJさん、ありがとうございました。



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