刺繍ハンカチとキャラメル【シロクマ文芸部】
逃げる夢を見たことは一度もない、
と私が言ったらナオちゃんはすごくびっくりした。
私は逃げる夢をしょっちゅう見るよ、と言う。
いつも見るの?
そう。
かわいそうに。
かわいそうって言わないで!
あ、ごめん…
でも怖いでしょう?
うん。目が覚めても怖くてドキドキしてる。
ドキドキがなおる前に寝るとまた逃げる夢をみちゃう。
何から逃げてるの?
いつも同じものから逃げてるの?
…何から逃げてるか分からない。
…いつも同じものかも分からない。
思い出しながら考えながら答えるナオちゃんを見てかわいそうだなって思った。
言うと怒られるから心の中でそっと思った。
私に何かできないかな?
ポケットの中や
バッグの中をごそごそ探す。
何か良い物が入っていないかな?
二粒食べたキャラメルひと箱。
黒猫を刺繍したハンカチ。
モデルはうちの猫「よぞら」
私の宝物のピカピカの五円玉。
ここらだろうか?
私はその三つをナオちゃんにわたす。
はい、これ、きっと効くから。
何に?
もちろん逃げる夢をみないことに。
まさか。
信じなければ効かないに決まってるじゃん。
…ありがとう。信じてみる。
ナオちゃんはキャラメルと五円玉とハンカチを自分のスカートのポケットにしまった。
五円玉にリボンを通して枕元に吊るしてね、寝る前に虫歯覚悟でキャラメル食べてね、頭の下にハンカチ敷いて寝たらね、
逃げる夢みないでぐっすり眠れた。
…ありがとう。
と翌朝ナオちゃんからメッセージが届いた。
良かったね、ナオちゃん。
キャラメルもうひと箱、今度会ったときにあげるね。
「よぞら」は朝ごはんを食べ終えて
またぐっすりと眠っている。
(了)
*小牧幸助さんの企画に参加しています。