岸本佐知子『死ぬまでに行きたい海』スイッチ・パブリッシング
翻訳家岸本佐知子さんのエッセイ。これまでの『ねにもつタイプ』『気になる部分』とはだいぶ趣がちがっていて、かなり真面目に、文学的に書いている。文体もシリアスだし、内容もわたしには重く感じられた。もちろん「台形」の富士山に惹かれる話など、彼女らしい面白いエピソードもあるのだが。
これは思い出の場所を再訪してのエッセイを集めた本だ。でもある年齢以上の人間が意図的に思い出の場所を再訪するとは、実はかなり重くて危ない行為ではないか。当然すっかり忘れていたような当時のことが生々しくよみがえるし、その後の自分についても考え込んでしまいそうだ。大学を再訪して、当時カウンセリングに飛び込んだことを思い出す話などは、書くのも辛かったに違いない。
思い出の場所とはたまに頭をよぎるぐらいにとどめておいた方が安全だ。そして偶然に再訪することになったら、それは何かの運命である。
岸本さんは果敢にもいろんな場所を再訪するが、読んでいるわたしは自分の思い出でもないのに、たとえば二子玉川のボート屋で子どもの自分が写っている写真の話の終わりなどに考え込んでしまった。
そのほか、昔の勤め先があった赤坂見付、猫が死んだ話、富士山、海芝浦、バリ島など。(バリはやっぱり感じる人には感じるものらしい。こわい。)
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