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レベッカ・ソルニット『私のいない部屋』東辻賢治郎訳、左右社

レベッカ・ソルニットは日本ではたぶん『説教したがる男たち』が一番読まれているのではないか。この本がきっかけになって「マンスプレイニング (man+explaining) という新語が生まれた。この本、わたしは読んでいないのだが、それは「読んだらめちゃくちゃ共感するだろうと分かっているから(そして共感しすぎて疲れるから)読まなくてもいい」と思ったからなのだ。変な理由だ。

この本はフェミニストとして知られるソルニットのこれまでのキャリアを振り返ったもの。アメリカで自立心を持った若い女が生きていくのはなんて大変だったのか、読みながらため息が出た。(もちろん日本も似たようなものである。)

ソルニットの父親は日常的に妻と子供に暴力を振るう男だったので、子どもだった彼女の最初の作文は「わたしはぜったいけっこんしません」だった。そんな彼女が十代になり、大学、大学院に行き、働き始めるのだが、この頃のことを彼女は「戦時下」と呼ぶ。それは男から身を守りながら男社会の中で自分の道を進むことを意味した。夜、ひとりで道を歩くと後ろから見知らぬ男がずっとついてくる。からくも助けられたがひとりで暮らすことは命の危険さえ伴った。通りがかりの男に身体について露骨なことを言われる。仕事でインタビューしようとすると、相手の男が勘違いして鼻の下を伸ばす。ソファに一緒に座って話そうというので、安全のためにレコーダーを間に置いて座ったりする。この手のエピソードは枚挙にいとまがない。

彼女自身の話だけでなく、過去や同時代の女たちの話が紹介される。ビート世代と呼ばれるパンクな詩人たちの生活。それを支えたのは日々身の周りの雑用をする妻(画家だったが絵を描く時間がない)だった。もちろんレイプや殺人は事件にもならないぐらいに多かった。ソルニットが使う机は友人が持っていたものだが、その友人は暴力的な夫から15回刺されるという目に遭った人だった。文学でも女はどんどん殺される。美しい女の死は特に喜ばれる。「死んだ女だけが善き女なのだ」。

しかし2013年ごろから潮目が変わったという。きっかけは女性のむごたらしい殺人事件が続いたことで、メディアが報道して注目を集めた。そして2017年に映画業界から始まった#MeToo運動。

この本の最後のエピソードは、女の友人たちとの雑談から生まれた『説教したがる男たち』。軽い気持ちでそのアイディアを口にしたのに、どの友人もそれを本にすべきだと真剣に言う。それである朝、それを一気に書いた。本は2014年に発表され、すぐに世界各国でベストセラーになったのである。


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