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【読書】美味しい人生

読書を趣味に小説を日々読み漁っていると、
たまに「わかるなぁ、この気持ち」と思わず頷いてしまう時があります。
私の場合、特に一穂ミチさんの作品を読んでいる時に共感することが
多いです。
時折、その顎を縦に振るに至った個所にそっと付箋を貼ってみたりも
します。
今回は、その中でもわりと最近に発売された短編集をご紹介します。


一穂ミチ『うたかたモザイク』(講談社)

本作は、各話の内容を味覚の種類になぞらえて分けています。
各種類から、特にお気に入りの1話について、それぞれ書いていきます。

-sweet- 『人魚』
本作の一話に登場するお話です。
何となく惹かれて何度もデートを重ねた彼女にプロポーズした直後、
彼女の口から驚くセリフが飛び出ます。
「人魚、なんだよね」
彼女がなぜ自分のことを人魚と言ったのか、謎を残しつつ、
”僕”は彼女の故郷である熱海へ行きます。
自分の生い立ちについて彼女自身は多くを語りませんが、
彼女が出すヒントにだんだんと”僕”も勘付いていき・・・。
”僕”は、果たして彼女との結婚について、どんな結論を出すのか。
”僕”を故郷へ誘った彼女自身も、きっと内心は読者と同じく
とてもドキドキしていたことでしょう。
その緊張感を押し隠し、”僕”に結論を委ねる彼女は、
臆病で人間らしくて、とても親近感が湧きました。

-spicy- 『ごしょうばん』
ごしょうばんという名の妖怪についてのお話です。
空腹に喘ぎながら必死に生きる人間や動物に混ざって、
その少ない貴重な食糧をこっそり「ご相伴にあずかる」妖怪です。
戦時中の食糧難の中、ごしょうばんは姿形を変えながら生きながらえます。
けれどある時、僧侶に正体を見抜かれ、自分自身が飢餓の末に亡くなった
人間の子供であったことをふと思い出すのです。
戦時中から戦後の現代社会へーー。
ごしょうばんにとって生きやすい世界は、
我々人間にとっては苦しい世界で、その一方で、
現代は食べ物にあまりにも溢れすぎていてーー。
妖怪という特殊な視点から、日頃の自分の生活を顧みることのできる話
でした。

-bitter- 『Still love me?』
温(おん)は4つ年上の従兄である一史(いちふみ)に淡い恋心を
抱いています。
一史には別に恋人がいて、けれど、ふと温は彼に告白をするのです。
奇しくもその時、テレビで世界貿易センタービルに航空機が激突した
というニュースを知り、一史の恋人がその事件に巻き込まれたことに
気づきます。
それ以来、時折一史は温に尋ねます。「俺のこと、好きか?」と。
気持ちの整理をつけた一史と温の、大人だからこそ恐る恐る
近づいていく不器用な恋のお話です。
自分からはなかなか温に対して自分の思いを伝えないにもかかわらず、
温にはずっと自分のことを好きでいてほしい。
この我儘な気持ちは、子供っぽいですが私的に共感してしまう感情でした。

-salty- 『神さまはそない優しない』
電車のホームから転落し亡くなった男性が、猫に生まれ変わり、
偶然か必然か自分の嫁に拾われます。
猫として、嫁のそばで過ごすうち、たまたま出会った猫に
急に話しかけられるのです。
どうやらその猫も元は人間で猫に転生したのだとか。
そしてその元人間の猫から、
「自分たち転生した猫たちは、一度だけ人間の言葉が話せるらしい」
という噂を耳にします。
年を重ねる中で、人間として生きていた頃の夫婦生活、
会社員生活を振り返り、嫁に苦労をかけていたことに気づいて
男性は後悔します。
そして、猫としての寿命が尽きようとする頃、
男性は嫁に言葉をかけるのですが、それをきっかけに
今度は、嫁がこれまで黙っていた真実を口にします。
精神的に追い詰められた人間同士が何のお別れもなく突然生き別れてしまう
悲しみが胸に募ります。
ただ、そんな悲しみの中でも、彼ら夫婦がやは根底では互いのことを
愛していたことがじんわりと伝わってきました。

胸が苦しいほどに締め付けられるお話や、
不気味でひやっとするようなお話など、様々あるのですが、
最後にはなぜか「でも、それが人の人生だ」と
どこか諦めを孕んだ爽快さを感じました。
その時の気分に合わせて各話を読み分けてみても面白いかもしれません。
ぜひ皆さんも「この感情、わかるな」と頷ける部分を探してみてください。

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