#1 外国暮らしが長引いた人にありがちなこと
どこの国でどれだけの年数を過ごしたか、どんな環境にあったかによっても違うと思うが、私が今まで自分で体験したり知り合いたちから聞いたりしたあるあるを並べてみた。こういう人ばかりではないでしょうが・・
日本語が古い
昔は本当に話し相手がいないあるいは限られている関係で古い言葉遣いのままで歳を経る人が多かったそうである。今はネットがあるから、なんなら毎日でも今現在の日本語に触れられる。とはいえ、実際に喋る相手がいない、あるいは少ない場合は気づいたら自分だけ日本を出た当時のギャグなんかを言っている可能性がある。
日本語と現地語を混ぜて使う
普段現地で使っている言葉を使う方が現地では便利だ。たとえ日本人同士であっても、現地では〇〇という表現だったらそれを会話でもそのまま使う方がお互いに何を指しているのか分かりやすかったりする。ただ、それを日本に帰ってきてもうっかり使うと通じないから注意が必要だ。
周りの人と服装がちょっと違う
現地にいる時は現地で調達した服装が一番目立たないし経済的でもある。だけどそれを日本に来ていくとなんか流行が微妙に違ったりして日本人から日本人と見られなかったりしてしまう。
道路を渡る時反対方向に注意してしまう(車が右側通行の国の人限定)
日本で道路を渡る時、ふと気づくとみんなと反対側の方向を向いて車が来ないか確認している自分がいる。これは本当に危ないことがあるので注意が必要である。
渋谷駅で異世界に迷い込む
渋谷駅に久々に着いた時私はもう出られないかと思った。でも渋谷駅だけじゃない。大手町のあたりもあちこち似たようなビルが建って難易度が高いと思った。有楽町の駅前とか品川駅とか、とにかくここ2、30年のうちに改装あるいは区画を再整備された地区は多い。友達と待ち合わせる時など特に注意が必要である。大昔に通い慣れた街並みも、待ち合わせスポットももう影も形もなかったりするからだ。
都営大江戸線の深さに面食らう
昔はよく半蔵門線のホームへのエスカレーターが長い、などと言われたこともあったものだ。そのつもりで大江戸線のホームへ行こうとするとその深さに面食らってしまう。
まっさらな壁に感動する
東京でも、近郊の街でも最近はちらほらと見かけるようになってきたグラフィティ。普通に走る電車のボディ全体が落書きされていることもある国々から来ると、まっさらな壁とか、落書き無しのボディの電車とか、工事現場の塀の白さなどに感動する。ちなみに外国人でもあの落書きを良いと思っている人ばかりではない。だから日本に来てなんて綺麗なんだ、とただのまっさらな壁に感動している外国人もいる。
コンビニのレジで戸惑う
コンビニが普及してかなり経つけれど、レジは大きく変化している。コンビニがない、あるいはあまりないようなところに普段住んでいるとあのレジであれこれタッチしたりするのにドキドキしたりする。
知らない人ばかりテレビに出ている
電車の中の広告からテレビに出てくる俳優さんなどまで、数年見ないだけでも顔ぶれが全く違うこともある。そうすると番組のコンセプトなども理解できないし誰が誰でなぜ面白いのかなどということも分からなくてちょっと困る。
知っている芸能人をテレビで見かけたらめっちゃ年老いていた
ついに知っている人をテレビで見かけても、数十年も経つと当時の面影はほとんど見られなくてリアル浦島太郎状態になることがある。自分だって年老いたんだからお互い様なんだけど、画面を見てはうーん、あんたも年取ったねえ、なんてつぶやいてしまったり。