WDA限定研究会「Visual logue - 視覚的対話の手法を探る」(ゲスト・富田誠 さん)
WDA限定研究会「Visual logue – 視覚的対話の手法を探る」が、2018年7月15日に開催されました。今回の研究会では、情報の視覚化やデザインプロセスを専門とする富田誠先生(東海大学教養学部芸術学科 デザイン学課程 准教授)をゲストにお招きして、富田先生が現在開発中の対話手法「視覚的対話(ビジュアローグ)」のワークショップ体験ののち、改善のためのフィードバックを中心としたディスカッションが行われました。
デザイナーによる共創の場を実現するために
今回のテーマは「視覚的対話」。このキーワードについて、富田先生が強く関心を持ち始めたのは、武蔵野美術大学在学中のことでした。当時富田先生は「マネジメント」「テクノロジー」「デザイン」の3領域を融合し、イノベーションデザインを手がける会社を経営していたようです。しかし、領域間の連携が予想以上に難しく、なかなかうまくいきませんでした。そのような経験から、「どうすれば芸術家やデザイナーがエンジニアとのコラボレーションを実現できるのか?」と、問題意識を強めていったようです。
富田先生が現在行う授業も、デザインを他の領域に活かすことが念頭に置かれた設計となっています。例えば「統計データをデザインする」というコンセプトで始まったインフォグラフィックの授業では、同じ大学の数学科と合同で実施し、数学科がデータの分析を、デザイン学課程がグラフィックでの表現を担当し、共同でアウトプット生成に取り組む、コラボレーション型の授業スタイルが展開されています。
未踏の領域にデザインを“届ける”
また授業以外にも、「政治家」「官僚」「研究者」など、これまでデザインの意識が比較的希薄だった領域の人々と、デザインの技法を用いた対話やワークショップを実施してきたことが、いくつかの事例とともに話されました。
富田 研究を通して、デザインしやすい領域ではなく、デザインしにくい領域に近づいていきたいと思っています。芸術やデザインを専門とする僕たちが、システム領域を扱うのは困難なのですが、できる限りそういう領域の人たちに近づいて、協力しながらデザインしていこうと考えています。
このように語る富田先生は、当事者デザインというキーワードを紹介しながら、「デザインとは遠い領域にいる人たちが、自らデザインするようになるためにはどうしたらいいのか、探求していきたい」と、今後の展望について話していました。
「視覚的対話-Visual logue-」体験
続いて富田先生が新たに開発した視覚的対話の手法「Visual logue」を体験していきます。それにあたり、下の写真のような斜めにグリッド線の入った専用ワークシートが配布されました。
この線を基準とすることで、誰でも簡単にアイソメ図(アイソメトリック図の略。等角投影図とも呼ばれる)を描写できるのだそうです。アイソメ図とは、簡単に言えば、「立体を斜めから見たように表された図」のこと。立体を表現する技法として優れてるほか、モノの大きさを統一することで、ワークシートをつなぎ合わせながら自由に拡張していくことも可能だとされています。
アイソメの技法を習得する
まずはアイソメ図の作成に慣れるために、様々なモチーフを描いてみるトレーニングから始まりました。「箱」「机」といった比較的描きやすい角ばったモチーフから始まり、「ペットボトル」や「人」など、徐々に丸みを帯びた難易度の高い図を描く練習へと移っていきました。
トレーニングの最後には、応用編として「自分の職場を描く」課題が与えられました。
今回のトレーニング・ワークでは、図を描くと同時に、気がついたことを付箋紙に書き出しながら、進められました。そして終了後には、各自が書き出したノウハウを共有する振り返りの時間が設けられていました。
アイソメ図を用いたコラボレーションを体験する
グラフィック化に慣れてきたところで、個人ワークから他者とのコラボレーションを必要とする創発的な活動へと移っていきました。
1. 自身の仕事のフローやこだわりポイントをグラフィック化する。
2. それらをグループ内で共有し、切り貼りして、与えられた社会課題を解決するプロジェクトやサービスを考案する。
はじめに「自分が普段どのようなルーティンで仕事や趣味に取り組んでいるか」をざっくばらんに書き出し、グラフィック化していきます。必ずしも業務に必要なものだけでなく、個人的に大切にしている習慣やちょっとした癖、こだわりなども表出させながら、仕事内容と合わせて、性格や人となりも一緒に共有されていました。
次に、グループごとに異なる社会課題が配布され、先ほど共有された専門性や個性を活かし、かつこれらの社会課題を解決するような仕組みやサービスを考案していきます。
例えば以下のような社会課題がお題として与えられていました。
「私たちはどうすれば、 政治に関心のな若い人たちが投票所に行くこと を支援できるだろうか」
「私たちはどうすれば、 SNS疲れする人たちが楽しく生活できること を支援できるだろうか」
ワーク中、参加者たちは、それぞれが描いたグラフィックをパズルのように切り貼りしながら、与えられた課題を解決するための糸口を探っていきます。参加者の取り組んでいる様子から、グラフィック化することで実際に協同するイメージが働きやすく、その鮮明なイメージからさらに刺激を受けるかたちで、口頭で話すよりも優れたアイデアが生まれやすくなっているように感じました。
参加者からのフィードバック・タイム
ワークショップ体験を終えて、ミミクリデザインの和泉裕之が進行を引き継ぎ、ワークショップを検討していく時間へと入っていきました。いま体験した「Visual logue」の良かった点と、モヤモヤした(疑問に思った・やりづらかった)点を、付箋紙に記入・共有していきます。
同時に和泉からは、「共有まで終えたグループから好きなタイミングでこのプログラムに対して建設的なフィードバックを行うディスカッションへと移行しても良い」と指示が出されていました。時間の使い方や進め方について、下手に制限しコントロールしようとするのではなく、ある程度習熟度が高いWDAメンバーの裁量に任せたほうが、闊達な議論が行えると判断したのでしょう。ある意味、WDA限定イベントだからこそ見られた一幕でした。
(1)コンセプトに対するフィードバック
Q1.「Visual logue(視覚的対話)」という発想自体にどう思うか?
Q2.このコンセプトのどういった点が良い/悪いと思ったのか?
・誰でも書けるから嬉しかった。また、描きながら、自分の思考が反復・整理された感覚があった。
・(ビジュアル化されることで)イメージの共有が促進され、伝えやすかった。
・自分たちのコミュニケーションにどの程度ビジュアル化が影響しているのか、判断が難しかった。
・手話やレゴを使用した対話もある種の視覚的対話だと言えると思うが、今回のアイソメ図がどんな意図で用いられているのか、わかりづらかった。
(2)活用方法に対するフィードバック
Q3.今日のワーク内で、視覚的対話は発生していたのか?
Q4.この形式だからこそできることは?どんなお題と相性がいいのか?
・流れやプロセスを図で表すときにとても有効なツールだと感じた。
・描くこと自体に時間が掛かってしまう。作業するだけになってしまいがちになり、もったいなさを感じた。お互いのアウトプットについて深掘りしていく時間がなかった。
・共有段階ではすごい効果が発揮されていた反面、そこからグラフィックのおかげで広く話が展開されるかというとあまり実感がなかった。
・言葉がうまく使えない子どもとか、言葉が通じない異国の人たちと一緒にやると、面白い効果が生まれるかもしれない。
決して表層的な良いところだけをあげつらうのではなく、改善の必要を感じたところも遠慮なく指摘されていたことが、参加者の熱意の現れとして印象的でした。
他にも「視覚的対話といってもやはり“対話”のところでは言語に頼ってしまっていたように感じる。たとえば言語の使用を抑えるような制約を課して、視覚的対話を実感を強めるというのも実験としてやってみるとよさそう」や「立体的に描くことに適していたり、自由に拡張できる点から、空間づくりに適した図法だと感じた。なので、“シェアオフィス”など、お題や問いとして空間を提示すると良いのではないか」などの発展的なアイデアで盛り上がるシーンもありました。
試行錯誤の“動き”を促す視覚的対話の技法
全グループからのフィードバックを終えて、富田先生やミミクリデザインの安斎・和泉も加わったフリーディスカッションの時間へと移っていきました。
安斎 視覚的“議論”ではなく“対話”と言っているのは、何かこだわりがありますか? 参加されたみなさんの感想や考察を聞いていると、議論と対話という言葉が入り混じっていました。このツールが使い勝手の良い状況を素朴に考えると、構造をグラフィック化して、問題点を分析し、要素を組み替えながら最終的に課題解決までのプロセスを描いていくほうが使いやすいだろうと感じたのですが、富田先生はそのようなゴール志向のディスカッションではなく、どちらかというとフラットな意味生成を目的とした対話を促すために、このアイソメ図を使っているように思えます。
富田 単に綺麗な成果物を作ることを目的とするわけではなく、描いてみたけどやっぱり消して修正するとか、試しに動かしてみたけどやっぱり違うとか、試行錯誤を繰り返しながら、自分の理想とするイメージに近づけていくプロセスそのものがすごく大切だと、最近気が付いたんですよね。
最初は点のようだった情報を線として整理して、さらに面として構成する面的思考と呼ばれる考え方があるのですが、僕は「面にする時の“動き”」に大きな意味があるような気がしています。
安斎 メインワークに入る前に描き方のレクチャーがありましたが、そのレクチャーがもしかしたら、綺麗に書こうとするような態度をアフォードしてしまった可能性もありますね。アイソメの技法に習熟したら、自由に消したり壊したりもしやすくなるのかもしれません。
参加者 私のグループで、「動かせるのが面白かった」という意見は出ていました。そしてその意見を出していたのは、ある程度こうした図を描き慣れている方だったので、やはり習熟度によって違いがでるように思います。
富田 デザインは一種の統合作業だと考えていて、今回ワークでも、“(他の人の作品との)ガッチャンコ”をコンセプトとしていました。それにあたってアイソメ図がどのくらい寄与できるのか、考えていきたいですね。
またこの他にも、
・描いた図を付箋でラベリングするのは、受け取り手の解釈を狭めてしまうので、ワークショップの世界観を殺してしまっていると感じたが、文字とグラフィックという二つの伝達手法の意味づけを、それぞれどのように分けて考えれば良いのか?
・体験を観察していると、絵が苦手な人ほど、かえってシンプルで、他に人にとっても使い勝手の良い図を描いていたように思う。そのように熟達者ではないことがメリットになるような構造の可能性を感じた(が、どうすれば良いのか?)
・(対話を「自分と他者との間の壁を乗り越えるための手法」と解釈した時に)今回の場合、参加者の性質が似通っていたために壁を感じにくかった。とはいえ、我々(参加者)の中にも、知らずにスルーしてしまっている違和感やズレ、違いはあるはず。それらを表出させるための仕組みづくりやファシリテートを考えていく必要がある。
など、非常に多岐にわたる観点が提示され、それぞれについて深い議論が行われていました。
綺麗にまとまった作品をつくるのであれば、一人で黙々と作り上げるほうが早いのかもしれません。それでも富田先生が他の人との対話を通じた共創の場のデザインにこだわるのは、直観的にその活動でしか得られないものの重要性を感じているからなのではないでしょうか。そして富田先生が大切にしたいと語っていた試行錯誤の精神は、少なくとも今回の研究会の中では実現できていたように感じます。
あらゆる状況で活用可能な魔法のツールは存在しません。今回の研究会は、その前提を参加者同士がゆるく共有しながらも、目の前のツールにとってベストの方法論や状況が模索され続けていました。探求に対する熱意と富田先生へのリスペクトが感じられ、非常に良い意味で研究会らしい研究会だったのではないかと、当日を振り返りながら思いました。
▼グループワークを終始サポートしてくれた富田ゼミのみなさん。ありがとうございました。
▼田中真里奈(ミミクリデザイン)によるグラフィックレコーディング。グラレコも富田先生による手法とはまた異なる視覚的アプローチのひとつであり、研究会ではその使い分けについても盛んに議論されていました。
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執筆・水波 洸
写真・比企 達郎, 水波 洸