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短編小説0016不思議な話#007 おそなえのビールを飲む女 3004文字 4分読

線路脇に花束と缶ビールやら缶ジュースやらがたむけられている。

誰かが飛び込んだんだ。

おそなえものは、昨夜の内に友人や親戚が置いていったものだろうか。ビールがあるから成人だな。男かな?いやフルーツ味のジュースもあるからわからない。年齢は、どうだろうか。なんとも言えないな。こういったものって誰が片付けるのだろうか?

そのおそなえを視界の片隅に入れながら、好き勝手な想像で通り過ぎ、亮太は出勤するため駅に向かった。

夜、退社して家の最寄り駅で降りて、駅前のコンビニでビールとつまみを買い家に足を向ける。
ふと前方を見るとおそなえの前に人がしゃがんでいる。女性だ。

ああ、亡くなった方の知り合いか何か、か。故人を悼んでるんだな。痛ましいな

亮太はできるだけ静かにその女の側を通り過ぎようと靴音を抑えた。
通り過ぎ様、女は缶ビールを飲んでいたのでちょっと驚いた。

気の毒だな、よっぽど親しい人なのかな?故人を思い出して一緒に飲んでるつもりなのだろうか。
じっと見るのは失礼だから前を向く、歩く速さは変えず、振り返りもせず家に向かった。


翌日の帰り道、おそなえの前に同じ女がまた座っていた。
やはりビールを飲んでいる。
昨日よりは顔や服装がよく見える。
年は三十代くらいか?亮太は益々気の毒になってきた。
自死だから関係者にとっては、得体の知れない罪悪感みたいなものがあるのだろうか?だから連日来ているのか?

亮太は思わず優しい言葉をかけてしまいたくなったが、すぐに思いとどまった。
俺には関係ないことだ。見ず知らずの人に、事情も分からず、下手に同情することは逆に失礼だ。

女は地べたにあぐらをかいて座っている。
ヤンキーか?大胆な女だ。
ちょうど亮太が女の側を通り過ぎようとしたとき、女はあぐらをかいた体制のまま、後ろにひっくり返り。仰向けになった。そしてその勢いで持っていた缶ビールを後ろに投げ出し、亮太の足に当たった。

「あっ!」
「あっ、ごめんなさい!やだどうしよう。誰もいないと思ったのに。ビールかかっちゃいましたか?」

缶ビールは空だったようで、別に痛くないしビールもかかっていないようだ。

「いえ、大丈夫っす」

女は急いで体をおこし、亮太の方へ近づいた。
女性はなかなか豪傑な様子とはミスマッチな、よく見ると可愛らしい顔立ちだ。遠目からは三十代と見えたが、実際は二十才そこそこではないだろうか。
亮太は一瞬見とれた。

「ごめんなさい」
「いえいえ、本当に大丈夫です」
「あー、誰もいないと思ったのに、ボケすぎよね」

女は意外と明るい感じだ。知り合いを悼んでいるのに亮太は益々痛ましく感じた。

「昨日もいましたよね・・・。見ず知らずの僕が言うのは何ですが、お気の毒です」

女は亮太の顔を下から不思議そうに覗き込み、一瞬考えるような仕草をしてから笑った。

「え?ああ。ハハッ、違うの。なんにも関係ないの」
「え?」
「ただの通りすがり」
「亡くなった方のお知り合いとかではないんですか?」
「うん、違うよ」
「じゃあどうして・・・」
「まあ、弔いと言っちゃあそうなんだけど、気持ちを探しているの」
「気持ち・・・?」

亮太は女の言葉の意味を思索したが、次にどんな言葉を吐こうか、適当な言葉が思い浮かばないし、女の独特な儀式のようなものを邪魔したくないなと思い、この場を去ることにした。

「じゃあ、失礼します」
「はい、さようなら。気づいてくれて嬉しかった」

亮太は少し笑って、少し会釈をしながら家の方に歩き始めた。

「不思議な女だな。表現も個性的だな。哲学的なもの?気づいてくれて嬉しかったって、また明日もいるかな・・・」


次の日の帰り道、女はまたいた。
女の側まで近づいた時、女は亮太に気づいてニコッと笑い、軽く会釈をした。

「ども」

亮太も少し笑顔で軽い会釈をする。

「また来たんだね」
「うん」
「気持ち・・・は、見つかった?」
「ううん」

女は首を振った。

「そうなんだ。いつまでいるの?」
「わかんない」
「気持ちが見つかるまで?」
「そうねえ・・・成り行きだね。だから私にもわからないわ」
「気持ちは今まで見つけられないの?それとも場所場所でそれぞれ違うもの?完結してるの?」
「見つけたことはないよ。ずっと探してるんだ。どこかにあると思うけど、意外と近くかもしれない。ただ私が気付かないだけとか。でもこうやって誰かと会って、話をして、何かヒントが見つかるかもとか思ってる」

この女は不思議なことを言う。
女は振り返り、おそなえのビールを2つ持って亮太の方に戻った。

「はい、一緒に飲もうよ」
「えっ?ちょっ、ちょっと、何やってんのあんた。これは亡くなった方の・・・」
「そうだけど?」
「関係ない人が勝手に・・・」
「供養になるのよ。知らないの?おそなえ物は飲み食いすることが供養なんだよ」

まるで幼い姉妹が、妹におままごとのなんたるかを教えているような口調だ。
亮太は罪悪感を感じたが、あまりにも女が可愛らしく、もう少し一緒にいたいと下心が顔をだしてきたので飲むことにした。

プシューっとフタを開けるとすかさず女が、
「カンパーイ」
と、ムチャクチャかわいい笑顔で缶を合わせてきた。一瞬指と指が触れた。
ビールはずっと外においてあったからムッチャぬるい。

「うーん。複雑な味だ」
「そうだね」

亮太は平静を装いながら内心ちょっとビクビクしている。ご近所さんに見られたら嫌だなと。
そんなことは全くお構いなしに、女はマイペースに飲んでいる。

「俺は山本亮太。あなたのお名前は?」
「あや」
「あやちゃんか。もう少し話を聞いてもいいかな?よかったらだけど」
「何でこんなことしてるのって聞きたいの?」
「そう。何か力になれる事があればなって」

電車が轟音で通り過ぎる。それを待ってあやは口を開く。

「私ねえ、去年、妹を亡くしてるんだ。電車に飛び込んじゃってね。」

亮太はビールを飲む手が止まった。

「妹が何で死んじゃったのか今でもわかんないんだ。だからね、自殺しちゃった誰かの現場に行けば何か感じるんじゃないかなって。死んだ人の気持ちに寄り添えないかなって思ってるんだ。妹の気持ちにも繋がればいいなあって」

亮太は言葉が繋げなかった。
ホントかよ?と疑いつつも、嘘じゃないなら辛すぎる話だ。ああ、軽々しく話なんか聞くんじゃなかったと嘆いた。

「フフフ、重いでしょう私の話」

まるで軽い冗談のような口調と笑顔だ。

「それは、辛いね・・・。こういう、その、電車に飛び込んだ現場にいつも行ってるの?」
「電車に限らずだけどね。飛び降りとか、行けるところは行ってる」
「それで、一人で飲んでる?」
「おそなえ物があればね」
「怒られないの?」
「うん。誰かと鉢合わせになっても、たぶん関係者だと思われるみたいで何も言われないよ」
「そう・・・。それで手掛かりは見つかるの?その、気持ちってやつは・・・」
「ううん、全然わかんない」

亮太は不思議な気持ちになっている。
他人の自殺現場に赴いて自殺した妹の気持ちを探す・・・。


二人はおそなえ物のビールを全て飲み干し、別れた。


それからはもうあやはここには来なかった。
ビールを飲み干すまでが一連の儀式だったのかもしれない。

また今日もどこかで、あやはおそなえのビールを飲んでいるのだろうか。

また会いたいような、会いたくないような・・・。

どこかで誰かが、あやが気持ちを探しているそのあやの気持ちを、孤独を、少しでも触れて、知ってくれて欲しいなと亮太は思った。


おしまい

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