短編小説0006怖くて不思議な話#001 前世の記憶がある三歳児 4161文字 5分半読
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https://youtu.be/807ybX7UFjA
「ママ!ボクね、あなほってたの!」
三才になったばかりの息子の亮太は突然そう言った。
最近はよくしゃべるようになった。
単語もものすごい勢いで覚えている。
「あな?あなをほってたの?」
可奈子は亮太と食べた昼ごはんの食器を洗いながら答えた。
亮太は絵本を見ながらしゃべっているようだ。
可奈子は、よく行く公園での砂場遊びを想像した。
山を作ったり、トンネルを作ったりと、砂場で遊んだ実際の経験と、今、絵本に描かれているものが連想されているのかな、と考えた。
「そうだねーあなほって、おやま作って、ジョウロでお水流したねー」
「ちがうよ、おっきいやちゅであなほったよ!」
「おっきいやつ?なあに?」
「パパの!おにわで土をほるでしょ!ボクのは赤いアンパンマンの!」
アンパンマンで可奈子はわかった。アンパンが描かれた子ども用の赤いプラスチックの小さなシャベルの事だ。パパの、とは、よく夫が庭仕事で使っている、長さ一メートルくらいの金属製スコップのことだ。それを三才の亮太が使ってあなを掘ったってこと?
まさか。
夫が庭仕事している時、亮太は夫の周りをよくウロチョロしてる。たぶん、その際スコップを少しさわらせてもらったんじゃないかな。
「そう。すごいね、おっきいスコップであなほったんだ」
「うん!ちゅごいたいへんだったよ。大きいあなほったから。ちゅごい、ちゅかれたよ」
すごい疲れただって。フフフ、なんかよくわからないけど、ドヤ顔で誇らしげだわ。
可奈子は食器を洗い終え、亮太のそばへ歩み寄ると読んでいたのは絵本ではなく、山の本だった。
美しい山や、森、川などの、日本の山岳地方を中心に写した、ちょっと古びた風景写真集だった。
可奈子が小さい頃、祖父母の家に遊びに行った際、本棚にあったこの写真集を興味深く見ていたら、
「可奈子ちゃん気に入ったようだな。よかったらあげるよ」
と言われ、もらったのだ。
でも、もらったはいいがそれ以来本を開いたことは、数える程しかない。亮太が見ていたから、可奈子自身相当久しぶりにみる。
「亮くん、山見てるの?キレイだねえ」
「ううん、まっくらでなにもみえなかったよ」
「えー、この山なんか夕日がさしてるからまだまっ暗じゃないよ」
亮太がちょうど開いていたページには、夕日に照らされた赤城山であるとの解説があった。
「ちがうよ、よるで、くるまのあかりをつけてはしったの」
話が噛み合ってない。
「ふーん、そうなんだ」
可奈子は優しく笑った。
最近、夜十時位に家族で車に乗ったことがあった。夜中だから当然ライトを付けて走った。そのことを思い出しているのか?
でも亮太はその時すでに寝てたはずだから、夜のドライブの実感は無いと思ってたけど、道中で目が覚めてたのかな?その時のことを覚えてるんだ、きっと。
赤城山は可奈子の生まれ育った高崎市から見える。小さい頃家族で登ったこともある。馴染みのある山だから、懐かしさもあり、まるで大掃除中に出てきた卒業アルバムを見入るように、亮太と一緒に写真集を眺めた。
可奈子は手を伸ばし、ページをめくろうとすると、亮太が強引に戻した。
「亮くん、他のお山見ようよ」
「ちがうの!このおやま!」
亮太はまた赤城山のページに戻って赤城山を指差した。
「亮くん、もしかしてわかるの?赤城山が?」
車で可奈子の実家に帰る道中、いくつかの山が見える。
浅間山、榛名山、赤城山…。可奈子はバスガイドよろしく、毎回車内で山々の紹介を始めるのだ。
亮太がそれで赤城山を覚えたの?
でも、亮太と一緒に登山してないし、近くで見たことないし。
確かに車内で見たことはあるけど、遠い何となくの輪郭しかわからないのにどうして?
亮太の、三歳児の知識として、そんなことあるのかしら…。
可奈子が不思議そうにしていると、パッと写真集をその場に放り投げ、ショベルカーやトラックのおもちゃで遊び始めた。
もう写真集には興味がないようだ。
やっぱり亮太はこっちの方に興味があるよね。
週末、久しぶりに夫と亮太と加奈子の三人で、高崎の実家に帰る。練馬インターから関越道に乗り、高崎に近づいてくると恒例の山の紹介が始まった。
「亮くん、あれが赤城山だよ。これだよ」
亮太は写真集をもってきていた。
可奈子は写真集を見ながら、赤城山の掲載されたページを指さした。
亮太は写真集は見ずに、窓の外の赤城山をじっと見ている。
「うわあ、浅間山がキレイ!」
何度も見たことのある景色だが、可奈子は何度見ても、その美しさに感激する。
今は冬の時期なので、浅間山が冠雪しておりとても美しい。活火山なので常に煙が出ているのが特徴的だ。
「亮くん、見える?浅間山」
亮太は答えない。違う方を見ている。ずーっと赤城山を眺めている。
答えないというか、言葉が耳に入ってこない。
実家に到着したのはちょうどお昼時。蕎麦を用意してくれていた。
可奈子の父がそば粉から自分でこねて作ったものだ。
「はい、どうぞ」
「うわーすごいね。お父さんうまいじゃん」
「最近こればっかりなのよ。すっかりはまっちゃって。ワタシはもうあきたわ」
すかさず可奈子の母が答えると、皆が笑った。
「うん、うん。かおりが強いね。美味しい。お店で食べてるみたい」
亮太も、黙々と食べていたので父は満足気だ。
「赤城山の辺りの畑で作ったそばだよ」
「そうなんだ。あ、赤城山といえばさあ、この間亮太が変なこといってたのよ。赤城山の写真にこだわって、穴を掘ったとか、夜、車で走ったとかさ」
可奈子は自分の蕎麦が半分位減ったところで、何気なく話した。
「ふうん。それは、榛名山と間違えてるんじゃないのかな?いつか、亮太を連れていったことがあるんだよ。俺と母ちゃんと亮太で。と言っても榛名湖でボート乗っただけだけどね。山には登ってない。だから山というより湖の印象が強いと思うけど、なんだろうね」
可奈子は、ああ、そういえば父と母と亮太の三人で行ったことあったと思い出だした。
「穴を掘るとか、夜、車で走るとか、あやしいことを連想させる単語だよね」
夫がおもしろおかしく言う。
「なるほど、そうか。榛名山なら、連合赤軍が十何人も仲間を殺して埋めた事件があったな。今から五十年位前だな。最後はあさま山荘に立てこもってさ。機動隊が取り囲んで、確か警官は二人死んだ。テレビで実況中継しててすごかったなあ、あれは。穴を掘ったって赤城山じゃなくて、榛名山じゃないの?亮ちゃん!」
そう話すと、フッ、と父は不敵に笑って、ズズっとそばをすすった。
亮太は何のことか、当然理解していない。
「なにそれ、気持ち悪い。お父さんやめてよー」
「ははは、もしかして亮太の前世が連合赤軍メンバーだったってことですか。それはヤバイなあ。ははは」
夫も父に合わせて調子に乗っている。
「二人とも笑いのセンスが下品だよ、もう。亮ちゃんがそんなわけないじゃないねえ」
母が笑って言うが、亮太は全然話を聞いていない様子で、相変わらず黙々とそばをたべている。
もうやあねえ、と皆で笑いあった。
父が振る舞った蕎麦の昼ごはんのあとは、みんなで、テレビを見ながらゴロゴロしたり、くつろいでいた。父と夫は昼間から酒を飲み始めている。毎度の光景だ。
母と可奈子は亮太と一緒に、ミニカーで遊んだり、絵本などを見ながら楽しんでいた。
翌日、可奈子たちは昼過ぎに実家を後にした。
車内で可奈子は夫に話しかけた。
「ねえねえ、昨日お父さんが連合赤軍の話してたじゃない、あれ夕べちょっと調べてみたのよ。すごい気持ち悪いよ。なんか革命を目指していた若者たちが山にこもって共同生活しながら、軍事訓練してたんだって。それでその中で脱走したり、思想的に問題があると判断された人が一人、また一人とつるし上げられて、何人も殺されたらしいよ。仲間内で厳しく追い込むみたいなことやってたみたいだよ」
「ああ、何となく聞いたことあるよ。有名なのはあさま山荘事件だよね。クレーン車みたいのが大きな鉄球をぶつけて建物壊してたよな」
「そうそう。たいへんな事件だったみたいね」
可奈子は、そんな恐ろしい集団の一員だったと、冗談ではあるが昨日の会話を思い出していた。そんなことあるはずはないのに、でも、亮太の言葉が気になっている。
穴掘り、夜のドライブ、赤城山・・・。これはそれぞれ個別の出来事ではなく、一つの出来事を物語っているキーワードなのだろうか?
一週間後。
朝食を食べ終え、夫を会社に送り出して一段落する。
可奈子はテレビをつけてニュースでも見るかと、食器を片付けながら聞き耳を立てる。
「えー、速報です。今朝、赤城山の山中に一人の遺体が埋められているのが見つかりました。調べによりますと、遺体は住所××県△△市の〇〇さんのものとみられています。事件は三年前に、○○さんの知人である、容疑者の三人が共謀し、赤城山の山中に生き埋めにしたと供述しております。金銭トラブルが犯行動機とのことです。警察は引き続き詳しい経緯などを調べています・・・」
女性アナウンサーが淡々と読み上げながら、映像は死体遺棄の現場である赤城山を映していた。
「これ!ボクあなほったの!そしてなかにはいったの!いたかったの。ははは」
亮太が、かわいい子犬を見つけたかのように、はしゃいだ声でテレビを指さし笑った。
可奈子ははじめ亮太が何を言っているのか理解できなかった。しかしつたない亮太の言葉と、ニュースの内容を頭の中で比較・整理し、徐々に理解し始めた。
はっ、まさか・・・。
「亮ちゃん、自分で堀ったの?」
「うん、それで土がいっぱいボクにおちてきて、まっくらになったんだ。いたかったよ」
恐ろしい事を聞いていると可奈子は思う。いやでも、こんな現実味の無い話は、恐ろしいも何もない。でもまさか・・・。自分が殺されて埋められる穴を自分で掘ったってこと?痛かったっていうのは暴行されたこと?生き埋められて息が苦しかったこと?
今口にした不可思議な内容は本当に亮太の口から出たのかと、疑ってしまうほどの透き通った目と、穏やかでかわいらしいいつもの亮太の顔がそこにあった。
可奈子は身がすくみ、亮太を凝視したまま動けなかった。
そんなことはお構いなしに、もうテレビニュースには飽きたのか、亮太は無邪気におもちゃのトラックを走らせている。
いつもと変わらずに。
おしまい