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短編小説0012不思議な話#006 最期の電話 2691文字 3分半読

「ちゃんとご飯食べるのよ」
「はーい、じゃあね」
「うん、またね」

可奈子とあやは電話を終えた。
あやはカナダに留学している二十才の大学生。可奈子の娘だ。毎週日曜日の昼前に電話がかかってくる。カナダは土曜日の夜九時頃だ。
可奈子はあやからの電話を毎週楽しみにしていた。
今時は、LINEでいつでも写真が送られてきたり、通信もできるが、可奈子はあやと話をしたい気持ちを抑え、電話は週一回とあやと約束したのだ。それはできるだけ海外生活にどっぷり浸かって欲しいから、家族が距離を置くことで留学生活が有意義になると考えたからだ。このことはあやも納得していた。
でもカナダに渡った当初はあやのホームシックがひどく、全く約束は守られていなかったが、一ヶ月もすると慣れ、落ち着き、あんなに寂しがっていたのが嘘のように今は留学生活を謳歌している。

夏休みには帰ってくる。一年ぶりだ。
可奈子は洗濯ものを干しながら無意識に鼻歌を歌っている。
夫がそれを見てからかう。

「俺にもそれくらいの愛情が欲しいな」

娘と会えるのが楽しみだ。


ピンポン

LINEに通話の着信だ。可奈子は携帯を覗くとあやからのものだった。毎週日曜日の電話が続いていたのにどうしたのだろうか?

「はいはい、寂しくなっちゃったのかな?」

可奈子はからかい半分で通話に出る。

「お母さん、落ち着いて聞いて。あと一分位しか時間がないの。お母さん、今まで本当にありがとう。育ててくれてありがとう。お母さんの子どもで私幸せだった。産んでくれてありがとう。ああ、お母さん大好き・・・うう・・・」

あやは泣いている。

「どうしたの?何があったの?大丈夫なの?」

可奈子は心臓が激しくなった。あやに何かがあったに違いない。一分しかない?どういうことだ。

「あや、今あなた危ない目に合ってるの?誰か近くにいるの?」
「ううん、違うの、もう済んでしまったの。だから最期にお母さんに言いたかったの。愛してる。お父さんにも伝えといて」

可奈子は胸が苦しくなった。何が起きているの?まるで一生会えなくなるような別れの挨拶の様で胸騒ぎが収まらない。

「あやちゃん、ちょっとあなた何を企んでいるの。冗談はやめてよ。愛してるなんてそんなこと・・・」

可奈子は涙声になった。ああ何かあったんだ。でもあやは必死で伝えようとしている。今はそれに応えるべきだ。そう母親の直感が働いた。

「あやちゃん、何があったか知らないけど、私もあなたを愛しているわ。あなたを産んだ時世界が明るくなったのよ。あなたが産まれてきて私、生きててよかったと心から思った。だから私もあなたに感謝してるのよ。あやちゃん。大好きよ」
「お母さん!・・・」

電話は途切れた。
可奈子は泣き崩れた。もうあやとはお別れのような気がした。

電話が切れてから一時間後、外務省と名乗る者から電話があった。

「あや様のお母さまですね。突然のお電話で申し訳ございません。どうか落ち着いて聞いて下さい。お嬢様が留学先のカナダで銃弾に倒れました。重体です。現地と連携し情報収集しております。詳細は逐一ご報告いたします。恐れ入りますが、職員をご自宅に派遣いたします。我々が全面的にサポートいたしますので何でもおっしゃってください。また情報が入り次第ご連絡いたします。どうぞお気を確かに」

何という事だ。
夏休みに会えると楽しみにしていたのに。
どうしてこんなことになったの?
更に一時間後、職員が家にやってきてある程度の説明があった。
留学先の大学の近くで数人同士の銃撃があったそうだ。その際近くを歩いていたあやに銃弾が当たってしまったのだ。流れ弾だった。ものすごく運が悪い、こんなことってあるのだろうか。銃撃していた本人たちは無傷だったそうだ。たまたま近くを歩いていたあやを巻き込むとは何という事だ!
そしてすぐにまた状況の知らせがあった。
あやが亡くなったと・・・。

可奈子は大声で泣いた。

翌日政府が用意した飛行機で夫と一緒に現地に飛んだ。
現地の警察署にあやは保管されていた。
あやの亡骸はまるで寝ているかのような美しい顔だった。
撃たれたのは胸部だったらしい。
顔に手を添える。冷たい。あやの美しいきめの細かい肌がつるつるしている。若さそのものだ。
どうして?
これからもっともっと人生を楽しまなければいけないのに。
まだまだ人生の入り口。これからなのに・・・。
悔しくて悔しくて、夫と抱き合って泣いた。

「即死だったそうです。苦しむことはなかっただろうとドクターは言ってます」

重体と聞いていたが、病院で確認するまで死亡の診断は下せなかったようだ。でも即死なら可奈子にとってはせめてもの慰めだ。

「苦しまなかったのね、あやちゃんは」
それでも涙は止まるはずもない。

夫に体を支えられて警察署を出た。

政府が用意してくれたホテルに入る。失意のどん底だ。
夫がペットボトルの水をくれた。

「一口だけでも飲みなよ」

朝から何も口にしてない。食べる気もしない。でも夫にそう言われて一口だけ飲んだ。
悲しくて辛くて悔しくて憎くてしょうがないけど、少し落ち着いた気がする。

ふとあやとの不思議な電話のやり取りを思い出した。

「おかしい・・・。あやは即死だったって言ってた。じゃあなぜ私に電話してくれたの?」

夫も不思議に思っていた。

「確かにあやだったのか?」
「そうよ、間違いないわ。でもあの電話はどういうことなの。あやちゃんには間違いなかったけど・・・」

可奈子は少し考えた。すぐにわかった。

「あやちゃんは、お別れの電話をしてくれたのよ。即死だったけど意識はまだ残ってたのね。体は動かないから電話ができないけど、でもできたのよ。意識で。思いで。だから私の電話に声が届いたのよ。最期の素晴らしいメッセージを私たちに送ってくれたのよ。ああ、あやちゃん・・・あなたって子は・・・」

他人が聞いたら全く信じてもらえないだろう。
でも可奈子と夫は、みじんの疑いもなくあやの思いが伝えた奇跡だと信じている。

お互いの気持ちを言葉で伝えることができた。
でも、生きていてほしかった。
言葉で伝えなくても知ってたから。お互いに知っていたんだ。言葉にしなかっただけで。
言葉にしないとわからない事がある。それは確かにそういう事もあるだろう。でも私たち親子は信じていたから言葉はどうでもよかった。
いや、でもどうだろう。言葉にすることで思いが固まる。例えば、感情が目に見えない固形物になるようなことがあるのかもしれない。
現に、あの奇跡のやり取りはお互いの心のつながりをより強固なものにした。温かい愛情の、柔らかいけど決して切る事のできない強い絆が・・・。

「あやちゃん、大好きよ。元気でね。何十年後かにそっちに行くからそれまで待っててね」


おしまい

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