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『 智恵子抄 』に、思う。

『 智恵子しょう 』( 高村光太郎 著 )に
   智恵子は東京には空がないと言ふ
という 有名な一節がある。

    ほんとうの空がみたいといふ。
    私は驚いて空を見る。
    桜若葉の間に在るのは、
    切っても切れない
    むかしなじみのきれいな空だ。

と、続くのだが…
これは、精神分裂症、今でいうところの統合失調症 をわずらった、妻・智恵子の狭窄きょうさくし 閉じられようとする心を示し、それをとらえた 高村光太郎の悲しみを示したものだ。

不安定な智恵子のそばで、献身的に看病をする 光太郎。
だが、智恵子が精神を病む以前、光太郎は、決して よい夫ではなかったという伝聞でんぶんもある。

『 智恵子抄 』は、贖罪しょくざいの気持ちと、自分を美化しようとする潜在意識が、光太郎をして智恵子の思い出を悲しく美しく歌わせただけで…
光太郎は、智恵子の人格のことごとくを否定し続けたという。
遠い故郷の実家が見舞われた 不幸も相まって、智恵子は、精神に異常をきたしてしまう。


歴史や歴史上の人物は、教科書に習うより、その裏側や生き様・人柄を知る方が 面白い。
interesting で表現される興味深い面白さと、funny の滑稽こっけいな・いかがわしい・狂っている 面白さ。
それは、生々しくも人間らしく…
我々が、聖人や偉人として知る表層的なものではなく、時には、粗暴そぼうであったり下衆げすであったりと、知りたくなかったものを知ることにもなるだろう。
だが、それこそが面白みを感ずる。

いやなんです
あなたのいつてしまふのが――

花よりさきに実のなるやうな
種子たねよりさきに芽の出るやうな
夏から春のすぐ来るやうな
そんな理窟りくつに合はない不自然を
どうかしないでゐて下さい
型のやうな旦那さまと
まるい字をかくそのあなたと

かう考へてさへなぜか私は泣かれます
小鳥のやうに臆病おくびょう
大風のやうにわがままな
あなたがお嫁にゆくなんて

いやなんです
あなたのいつてしまふのが――

と、これ程までに美しく切なく恋唄ったのが、智恵子に対する愛情や弔《とむら》いの意だけではなく、自己保身が故《ゆえ》に光太郎に筆を取らせたのだとしたら…
さすが 芸術家だなと、感嘆《かんたん》すらしてしまうのである。


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