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それはガヤに消え入るような――『SHIROBAKO』に籠められた「お仕事」について
問い――「何を伝えたかったんだと思う?」
TVアニメ『SHIROBAKO』は、その名が表すとおり、アニメ業界を一つの完成品として、エンターテイメントに仕上げたアニメである。それは青春群像劇としての5人の女の子の物語というだけでなく、アニメのアニメ(アニメーション業界のアニメ)としても大変面白い作品だと言えるのだが、その本質はアニメでお仕事を描いているところにある。
本作の水島努監督は、『ウィッチクラフトワークス』や『ガールズ&パンツァー』など、これまでの作品からも1話毎にきれいに要素をまとめる才に秀でているとは証明済みではあるけれど、『SHIROBAKO』では青春の要素とお仕事の要素がともに毎回絶妙な配分で調合されている。その水島監督作品で、お仕事要素の絡んだものとしては『じょしらく』が先行しているものの、こちらは(やや風刺を利かせた)ギャグの要素の方に重点が置かれていたと言ってよい。
青春とお仕事の配合では、制作会社であるP.A. Worksによる『花咲くいろは』が成功した先例として思いつくものの、『SHIROBAKO』はまた違ったトーンでお仕事を描いていると言えるだろう。というのも、『花いろ』が、緒花という主人公が仕事を通じて成長してゆく「青春もの」である(したがって、お仕事が添え物であった)のに対し、『SHIROBAKO』ではあくまでお仕事をすることが中心に据えられており、そのお仕事におけるドラマを媒介する者として5人の女の子がアニメ業界を舞台に奮闘し、結果として「青春」(青年?)群像劇が展開されていると言えるからだ。
こう考えると、9話のサブタイトルは、そのまま『SHIROBAKO』という作品自体の批評へとスライドして行く。お仕事をテーマとして、いったい『SHIROBAKO』は「何を伝えたかったんだと思う?」――言い換えれば、お仕事の本質をどのようなものとしてとらえ、メッセージとしているのか?――について、群像劇の中に手掛かりを求めながら問答に臨んでみたい。
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