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岩槻区・見廻り隊1(城址)
綾瀬川の架かる妙見橋を渡り北辰神社に参拝する。そして、東北高速道路を跨いでいる新妙見橋を渡る、太田道灌の最初の居城跡岩槻へ。
「露おかぬかたもありけり夕立の空よりひろき武蔵野の原」・太田道灌
6世紀頃、渡来人と共存共栄する東国(唐国?)では、東国の守りとして西国に唐を模した国を、天皇制を創ろうと考えた。この国創りを任されたのが曽我氏と中臣氏。二氏の守護神は利根川の鹿島神宮と香取神宮。両神宮の神職は小川一族が多い。
「東南風(いなさ)に吹かれ一日に何百も利根川を上って行く白帆を見る」1887年、柳田國男氏は布川で利根川の光景を見て、小川の蔵で学んでいた。